1-8
バカみたい。情けなくて、みっともなくて、涙も出ない。
あはは、と、笑ったけれど、心は泣いていた。痛い。痛くて死にそう。
「なんで笑うんだよ」
「今の、忘れて。ただの冗談」
「冗談なの? 高梨さんは、冗談で告白するの? そういう人だったの?」
怒ったみたいに見つめてくる。……がっかりしたみたいだった。
「ごめんね。……期待させるつもりじゃなかった。ワンナイト、誘ったわけじゃないの」
痛む胸をおさえて一条君を見つめたら、怒った顔のまま口を開いた。
「俺は、高梨さんのことセックスの相手として見たことはないよ」
あ……。
息が止まった。
心の準備もないまま一気にとどめを刺された。
この言葉だって、何度も言われてるからわかってる。
これは体のいいお断りの言葉。
セックスの相手として見たことはないけれど、つきあう相手として見たこともない、というやつ。
いつものパターン。
落ちかけのまま辛うじてどこかに引っかかっていた気持ちが、ものすごい速さで落ちて行く。
そうだよね。……だよね……。だって、わたしなんかとつきあったら、多分、陰で言われる。
「あいつ、あんな女とつきあってんの?」
「うわー、無理だわー」
「遊ばれてんの、わかんないのかねー」。
そんなの、誰だって言われたくないよね。
悔しいから、笑顔を作った。
「……ありがとう。それだけでも救われる」
こんなの慣れてる。だってこんなの、いつものこと。そう言い聞かせようとするのに、心が悲鳴を上げる。
優しげな一条君。悲しそうな、うろたえたみたいな顔で見つめてくる。
ごめんね。……好きになって、ごめんなさい。告白なんかしちゃって、ごめんなさい。
「あの、俺、何か誤解させるようなこと……」
「それ以上は言わないで。だいじょうぶ。わかってるから」
えぐられたように胸が痛む。
二回も助けてくれた。前にできなかったことを挽回するみたいに。
ほかの人たちと一緒になって、見て見ぬ振りだってできたはず。それでも一条君は来てくれた。
どれほど安心したか。心強かったか。「高梨さんがそんなことするわけないだろ?」そう言ってくれたとき、どれほどうれしかったか。
裏切られたらつらいから、期待しないようにしていた。友達として優しいだけかもしれないから自分の気持ちも認めたくなかった。
でも。
本当は、慣れたくない。わたしを貶める言葉の数々に。好きな人を諦めることに。
困ったみたいな一条君。本当は言いたい。聞いてほしい。でも、わたしの口から出る言葉は本物には聞こえない。だから心でそっとつぶやく。
好きだよ。
衝動のまま、彼の頬を両手で包んだ。
「高梨、さん……?」
背伸びをして軽く唇に自分の唇を合わせる。
わずかに感じる体温。かすかな息づかい。
余韻に打ち震えながら目を開いた。
そこにあったのは、ひきつった一条君の顔。ショックを受けているみたいだった。
……わたし、何した⁉
我に返った。
振られた後での不意打ちのキスなんて、遊び慣れてる女みたいじゃない! これじゃあ、言ってることとやってることがまったく逆になっちゃう。
「じゃあね」
逃げるようにきびすを返した。
狂ったように音を立てる心臓。アスファルトを蹴るハイヒールの衝撃。
なんでこんな靴、履いてきちゃったんだろう。
……お気に入りだったから。これだと、脚がきれいに見えるから。一条君には、少しでもきれいだと思われたかった。
バカみたい。ほんとにバカみたい!
後悔が大きな塊になって襲ってくる。
「え、待って!」
一条君の声に、冷や水を浴びせられたような気がした。
謝らなきゃ。
とっさに思った。
なんて言い訳したらわかってくれる?
キリキリと胸が痛む。
でも……謝りたくない。言い訳なんかしたくない。
だってあれは、わたしの本心なんだから!
あの、困惑したようなまなざし。自己嫌悪が止まらない。だってあんなの、嫌いな人からされたらただのセクハラじゃん!
やっぱりわたしはバービーなんかじゃない。わたしの前に、ケンは現れない。
「待てよ」
足音が近づいてくる。走りたいけど、こんな靴じゃ走れない。
お願い、来ないで。謝るから。後でちゃんと謝るから。だから今だけは放っておいて!
きっと軽蔑しただろう。やっぱりそういう女なんだと。見た目通り、「ヤりまくりの高梨薫子」。
――だから君は大丈夫。俺じゃなくてもきっとステキな人が現れるよ。
一条君からだけは、そんなこと言われたくない。
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