1-6

 スープの後には、ステーキが運ばれてきた。

 まだ会話はかみ合わないままだ。

「あのあと三枝にはちゃんと言っといたから。ああいうのは失礼だ、って」

「でも、納得してなかったでしょ?」

「悪い奴じゃないんだ」

 出た。男同士のかばい合い。

「だから何?」

 つい、声がとがった。一条君もそれに気づいたのか、ナイフを動かす手を止めた。

「わたし、『好きだ』とも『つきあって』とも言われてないよ」

「え……?」

 表情があからさまにこわばった。そんなはずない、って思ってる? あいつに限って、みたいな?

 考えるのもバカらしくて、ステーキに向かい合った。

「『このまま消えようぜ』って言うから、断った。そしたら『セフレになって』。本気でイヤだって言ってんのに、『だったら一回だけでもヤらせて』なんて」

「でも、傷つけるつもりじゃなかった、って。高梨さんが好きだ、本気でつきあいたい、って……」

 んなワケないじゃん! ……わかってるくせに!

 何が言いたいの? 二回も助けてくれて、食事まで誘って。別に期待してたわけじゃない。そうじゃないけど。

「メッセンジャーボーイなの?」

「え?」

「お説教? それとも……一条君もそっち側⁉」

 ちがう。絶対ちがうって思いたい。でも。

 ああ、バカみたい。新しく服まで買って、おしゃれして。いくらかわいいと思われたくても、そんな風に思ってくれる人なんかいないのに! 

 過去に色んな人から浴びせられた言葉が、内側からわたしを刺しに来る。

「どうせヤりまくってんだろ?」

「俺にもついでにヤらせろよ」

「今日も、そういうつもりでおしゃれしてきたんだろ?」

 そんな風に思われるくらいなら……いつものクソつまんないパンツスーツにして、髪もひっつめておけばよかった。

 一条君は声に緊張をにじませた。

「まさか! そんなわけないだろ⁉」

「だったら誤解させるようなこと言わないで」

 ああ、心がこわばっていく。

 桃花のあの明るい笑顔を思いだしてしまった。

 わたし……やっぱりダメみたい。

 期待が警戒心へと変わっていく。

「わたしは三枝のセフレにはならない。一回だけでもヤらせないの」

「だったらちゃんと断れよ」

「断ったけど⁉ だから助けてくれたんじゃないの⁉」

 一条君は、はっとしたみたいに動きを止めた。

「……ごめん。そうだった」

 ほら、みんなそうだ。

 いやだ、って言ってるのに気づかない。聞きたくないから聞こえない。

 どうせお前はそういう女だろう? だって見た目がそうなんだから。

 心の中でそう思ってるんだ。

 誘ってるのはわたしの方。ちゃんと断らないわたしが悪い、って。

 でもわたしはイヤだ。そんなのに負けたくはない。

 どんなにナチュラルメイクでも地味顔にはならないし、髪を黒く染めてストレートにしたところで、寄ってくる男の数が増えるだけ。だったらそんなのしないほうがいい。本当は体型を隠す為のカーディガンもパンツスーツも大っ嫌い!

 昔から常に男の子に囲まれていた。そのせいで、「男好き」だの「遊んでそう」だのと言われ始めた。強く否定すると引かれるから、実は本好きの地味キャラなのに、無理してノリ良く、明るく、誰にでも親しげに振舞った。そしたらますます「経験豊富」で「パリピ」で「ヤりまくり」だと言われた。それである時気がついた。どんなにわたしが違うと言っても、みんなが見たいわたしは「遊んでる女」。真実なんか関係ない。自分が見たいようにしか見てくれない。そう思ったら、否定する気力も失った。相反するように心の壁は厚くなり、警戒心だけが強くなった。

 求めているのは大したことじゃない。ただ、最低限の節度とマナーをもって接してもらいたいだけなのに!

「大変そうだな」

 気の毒そうなその言い方で我に返った。いつの間にかステーキを小さく切り刻んでいた。

「大変だよ」

 その小さなひと切れを口に含む。噛んでるのに、飲みこめない。

 一条君はわたしの顔色をうかがうみたいに口を開いた。

「彼氏、作ればいいのに」

「ほしいけどね」

「……理想が高いんだ」

 皮肉な感じに笑った。

 ちがうのに。そんなんじゃないのに。

 反発する心が行き場をなくして諦めへと変わっていく。

「ふつうに楽しく時間を過ごせて、たまにケンカして、合わないところは許し合える。そういう人を探してるだけ。イケメンだとか背が高いとか高収入とか、そんなことも求めてないけど、もしそれを理想が高い、っていうなら、そうなのかもね」

 顔では笑っているけど、本当は涙がこぼれそう。今にもここから走って逃げだしたい。別に、期待してたわけじゃない。そうじゃないけど。

 一条君は本気でおどろいたみたいに、動きを止めてこっちを見ていた。

「じゃあなんで……」

「わたしと本気でつきあいたい人なんか、いないよ」

 できるだけ客観的に。感情的にならないように。かといって卑屈に聞こえないように。

「言い寄ってくる人は、ほぼほぼエッチしたいだけ。最近は不倫の誘いも多いし、独身で、本気だよ、って言ってくる人は大概、『二番目だけど』。好きかな、って思っても、『誰でもいいんだろ?』とか『ほかの男ともヤってるくせに』、『おれって何番目?』なんて言われる始末。……気が合わないとか、女として見れない、最悪、人として受け付けない、とかならまだ納得できるのにね。でもまあ、見た目がこうだからもう、諦めてる。どうやったってお嬢様系にはなれないし。わたしなんかに言い寄られたって、迷惑なだけだし。わかってるから、告白もしないんだ」

 あはは、と、笑った声が嘘みたいに白々しくひびいた。一条君の視線にぶつかった。愛想笑いの一つもない。

「じゃあさ、なんで今日、来てくれたの?」

「……誘ってくれたから」

「俺だって、君とセックスしたいだけかもしれないよ。部屋を取ってるかもしれないのに」

 頭の中が真っ白になった。

 やっぱりそうだった。一条君だけはそういう人だと思いたくなかったのに。

 体から力が抜けていく。抜け殻みたいに重くなる。

 桃花の言葉が今になって現実となって頭の中によみがえる。

 ――薫子の男を見る目はイマイチだからなあ!

 わかってる。……わかってるよ!

 手の震えを必死で押さえながら、小さく切った肉を全部一度にフォークに突き刺してほおばり、無理やり飲み下す。

 こんなこと、言われ慣れてる。「ヤりまくりの高梨薫子」「男、とっかえひっかえ」「股、ゆるそう」「あいつらならすぐに脚、開くぜ」。何度も言われてきた。その度に悔しさを飲みこみ、こらえてきた。これぐらいで食欲をなくすほど繊細じゃないし、いちいち気にしてるなんて思われるのも癪にさわる。

 一度だけ口をつけたワインのグラスをテーブルの脇に押し寄せた。

「でも、行かないから」

「無理やり連れ込むかも」

「防犯ブザー持ってるし」

 肉にナイフを入れ、今度は大きいまま口に入れた。一気に空気が気まずくなる。

「俺、信用されてないんだな」

 すごく傷ついてるみたいだった。先に傷つけたくせに被害者みたいな顔するの、やめてほしい。

「信用してたよ」

 残った一切れに思い切りフォークを突き刺す。

「今の今まで信用してた。だから、来たの」

 もう、顔も見れない。

「わたしはいつだって信用してる。だからデートする。でも、信用を失うことを言うのはいつだってあなたたちの方でしょ」

 肉は柔らかかった。デザートもおしゃれだった。なのに、最後の方は味がしなかった。


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