1-5
当日がやって来た。
実は、というか、すごくうれしかった。一条君には二回も助けてもらった。いつにないこの安心感。松本さんを意識して、つい、清楚な感じの服を買ってしまった。合わせたのは、お気に入りの赤いハイヒール。なんだけど。
着慣れていないせいか、微妙に似合ってない気がする。
待ち合わせ場所に現れた一条君も、
「今日は感じが違うんだね」
と言ってくれたけど、いい意味なのか悪い意味なのかわからない。
一緒に向かったフレンチレストランは、美しい庭園があるホテルの一階にあった。落ち着いていて客席の数も少なく、予約の人しか入れないような所だった。
とっさに、冷や汗が背中を伝った。
これ、ヤバいやつなんじゃない? こういうところで食事のあとは大体、部屋をとってある、とか言われる。
いや、そんなことはない。一条君に限ってそれは。
そう思う反面、逃げられないこともないけど、逃げたらこの後の関係がぎくしゃくするのは間違いない。と、思ったりもする。
だいじょうぶ。一条君だけは、そんな人じゃない!
思いたいのに、過去の色んなああいうこととか、こういうことが浮かんでくる。
例えば……ロビーでごねて警察沙汰になりかけたり、抵抗虚しく連れ込まれ、応じる振りをして相手がシャワーを浴びている隙に部屋から逃げたり。
ちがう! そんなはずない! だって、一条君は二回も助けてくれたんだから。
そこまで思って、はた、と気づく。
もしかして……見返り求めてる、とか。
ショックだった。言葉も出ないくらいに。
そこで桃花から言われた言葉を思い出す。
――薫子はいざってなると必ず昔の悪い経験を思い出して、すべてを悪い方に解釈してしまうところがある。
そうよ、考えすぎ。一条君がそんな人のはずない!
不穏に高鳴る心臓をなだめ、念のため、本当にただ念のために、防犯ブザーと唐辛子スプレーを用意する。実際、使うのにも勇気がいるから、ほぼお守り状態だけど。
「これさ……デートみたい」
防衛線を張るつもりで言ってみた。一条君を信じて頼んでしまった赤ワイン。それさえも後悔しはじめていた。「いつもどんな本読んでるの?」「休みの日は何をして過ごすの?」「どんな食べ物が好き?」……聞きたかった言葉ももう、出てきそうになかった。
「ほかの人とも行ってるだろ?」
トゲを感じるのは気のせいか。
「ただの食事かと思ってた」
「ただの食事だよ」
「居酒屋とか、焼き鳥屋だと思った」
すると、ものすごくおどろいたように、
「高梨さん、そういう店にも行くの?」
「行くよ、ふつうに」
ああ、また勝手に思い込んでる。なんか、イヤな予感。
たしか一条君はフリーなはずだけど……思い切ってカマをかけることにした。
「こういうところでほかの女と二人で食事してる、ってわかったら、彼女はいやがるんじゃないの?」
緊張で声がふるえた。一条君は、じっと見据えてきた。
「……いたら、誘わないし」
ほっ、と、息をつく。ちょっと……というか、すごくうれしかった。
「松本さんは?」
「ただの同期だよ」
でも、なんでだろう、なんか、会話が。全然なごんでない。むしろ、戦闘モード。
「俺に彼女がいるかもしれないのに来たの?」
「彼女がいるなら帰るつもりだった」
一条君は、前菜のテリーヌを口に運ぶ手を止めた。
「なんでそういう前提で話すんだよ」
わたしを「二番目」にしようとする男が星の数ほどいるからに決まってるじゃん!
……と言いたいところをぐっと我慢する。
こんなぎすぎすした会話をするために来たんじゃないのに。なんか、泣きそう。
心のどこかでいつも抱えている不安が頭をもたげてきた。
やっぱり、一条君もほかの男の人と同じなのかも。警戒するそぶりを見せただけでこんなに動揺するんだから。
本当は信じたい。一条君だけは違うんだ、って思いたい。でも。
きっとふつうの精神状態で食べたら、このテリーヌもパンもスープもとてもおいしいんだろう。でも今は料理に集中できない。
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