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 当日がやって来た。

 実は、というか、すごくうれしかった。一条君には二回も助けてもらった。いつにないこの安心感。松本さんを意識して、つい、清楚な感じの服を買ってしまった。合わせたのは、お気に入りの赤いハイヒール。なんだけど。

 着慣れていないせいか、微妙に似合ってない気がする。

 待ち合わせ場所に現れた一条君も、

「今日は感じが違うんだね」

 と言ってくれたけど、いい意味なのか悪い意味なのかわからない。

 一緒に向かったフレンチレストランは、美しい庭園があるホテルの一階にあった。落ち着いていて客席の数も少なく、予約の人しか入れないような所だった。

とっさに、冷や汗が背中を伝った。

 これ、ヤバいやつなんじゃない? こういうところで食事のあとは大体、部屋をとってある、とか言われる。

 いや、そんなことはない。一条君に限ってそれは。

 そう思う反面、逃げられないこともないけど、逃げたらこの後の関係がぎくしゃくするのは間違いない。と、思ったりもする。

 だいじょうぶ。一条君だけは、そんな人じゃない!

 思いたいのに、過去の色んなああいうこととか、こういうことが浮かんでくる。

 例えば……ロビーでごねて警察沙汰になりかけたり、抵抗虚しく連れ込まれ、応じる振りをして相手がシャワーを浴びている隙に部屋から逃げたり。

 ちがう! そんなはずない! だって、一条君は二回も助けてくれたんだから。

 そこまで思って、はた、と気づく。

 もしかして……見返り求めてる、とか。

 ショックだった。言葉も出ないくらいに。

 そこで桃花から言われた言葉を思い出す。

 ――薫子はいざってなると必ず昔の悪い経験を思い出して、すべてを悪い方に解釈してしまうところがある。

 そうよ、考えすぎ。一条君がそんな人のはずない!

 不穏に高鳴る心臓をなだめ、念のため、本当にただ念のために、防犯ブザーと唐辛子スプレーを用意する。実際、使うのにも勇気がいるから、ほぼお守り状態だけど。

「これさ……デートみたい」

 防衛線を張るつもりで言ってみた。一条君を信じて頼んでしまった赤ワイン。それさえも後悔しはじめていた。「いつもどんな本読んでるの?」「休みの日は何をして過ごすの?」「どんな食べ物が好き?」……聞きたかった言葉ももう、出てきそうになかった。

「ほかの人とも行ってるだろ?」

 トゲを感じるのは気のせいか。

「ただの食事かと思ってた」

「ただの食事だよ」

「居酒屋とか、焼き鳥屋だと思った」

 すると、ものすごくおどろいたように、

「高梨さん、そういう店にも行くの?」

「行くよ、ふつうに」

 ああ、また勝手に思い込んでる。なんか、イヤな予感。

 たしか一条君はフリーなはずだけど……思い切ってカマをかけることにした。

「こういうところでほかの女と二人で食事してる、ってわかったら、彼女はいやがるんじゃないの?」

 緊張で声がふるえた。一条君は、じっと見据えてきた。

「……いたら、誘わないし」

 ほっ、と、息をつく。ちょっと……というか、すごくうれしかった。

「松本さんは?」

「ただの同期だよ」

 でも、なんでだろう、なんか、会話が。全然なごんでない。むしろ、戦闘モード。

「俺に彼女がいるかもしれないのに来たの?」

「彼女がいるなら帰るつもりだった」

 一条君は、前菜のテリーヌを口に運ぶ手を止めた。

「なんでそういう前提で話すんだよ」

 わたしを「二番目」にしようとする男が星の数ほどいるからに決まってるじゃん!

 ……と言いたいところをぐっと我慢する。

 こんなぎすぎすした会話をするために来たんじゃないのに。なんか、泣きそう。

 心のどこかでいつも抱えている不安が頭をもたげてきた。

 やっぱり、一条君もほかの男の人と同じなのかも。警戒するそぶりを見せただけでこんなに動揺するんだから。

 本当は信じたい。一条君だけは違うんだ、って思いたい。でも。

 きっとふつうの精神状態で食べたら、このテリーヌもパンもスープもとてもおいしいんだろう。でも今は料理に集中できない。

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