1-4
一週間後、本当に食事に誘われた。
「聞いて聞いて!」
と速攻、桃花を宅飲みに誘ったら、
「お邪魔しまーす」
いつものようにつまみを持って現れた。
桃花はわたしのとなりの部屋に住んでいる。というのも、このマンションはわたしの祖父の持ち物だから。
桃花は生来の「人たらし」。本人は自分のことを、「すっぴんだと無造作に点と線をのっけたみたいな単調な顔」とか「背が低くてやせっぽちで胸もぺったんこ」とか「髪はただうねってるだけ」とか、散々ひどいことを言うけれど、わたしとちがってモテる。老若男女、桃花とひとたび話すと、みんなが桃花を好きになる。
わたしが「実家を出て一人暮らしをする」、と言ったら、桃花はすぐに祖父に掛け合った。
「ねえ、あたしも薫子といっしょに住みたい! 薫子のとなりの部屋、貸して。お願い! ちゃんとお金払うからさあ」
と泣きついた。桃花は全額払う、と言ったのだけれど祖父は、
「相手が桃花じゃ仕方ねえな」
と、半額で貸してくれた。
「しっかり薫子を変な男から守ってくれよ」
そう言い残すことも忘れなかった。
実際、わたしにとっても心強かった。桃花には全幅の信頼を寄せているから。
彼女と知り合ったのは、高校のときだった。人見知りで、本ばかり読んでいるわたしには、実家から少し遠いあの高校での生活は不安だった。けれど、入学式で所在なく突っ立っていたわたしに近づいてきて、
「あたし、藤波桃花。あなたは?」
そう、明るく声をかけてくれた。
「友達になって!」
と。その日から、桃花はずっとわたしと一緒にいてくれている。
人気者の桃花がいるだけでその場が明るくなるから、いろんな子が寄ってきた。で、気がついたら派手目の子たちが集まるグループの中心になっていた。そしてわたしは、みんなから嫌われないように必死に明るくてノリのいい人を演じた。
それでもわたしが派手目の子たちとあんまり合わないな、って思ってたのは気づいていたみたいで、クラブやパーティや合コンに行くのを断っても、嫌な顔を見せなかった。多分、「なんで? いつもはノリがいいのに。あやしいよね」なんて陰で言われていたと思う。それでも意地悪をされなかったのは、ひとえに桃花のおかげだと思っている。
そんな桃花は、料理上手でもある。幼いころからご両親が共働きで、いつの間にか自分で作るようになっていた、という。
今日も何度も行き来してはたくさんの皿を運んできてくれた。
とろけるように柔らかい豚の角煮をほおばりながら、
「今回は、うまくいくかなあ」
と胸を弾ませたのに。
「うまくいくといいね」
桃花はいつものようにうっすらと笑った。その意味がわかり、
「でも、でもね? 一条君は今までとは違うの」
「うん」
「紳士なんだよ。何度も助けてもらってるの」
「……何度も聞いた」
もうこれで何度目のやり取りだろう。最初の頃は桃花も、
「今回こそは間違いない! うまくいくよ!」
と励ましてくれていたのに、その後、一度もうまく行った試しがないせいか、最近はこうやって微妙に笑うだけになっている。
「あたしは薫子のそういうポジティブなとこ、ほんとにすごいと思う」
「ん?」
「何度振られても、何度やっつけられても、男に対する希望を失ってない」
一本目のストロング缶を豪快にあおった。
「だって、ずっと小説みたいな恋愛に憧れて来たんだよ! わたしの好きな小説では、いつだって恋愛は痛くて、辛くて、楽しいものなの。これだけ痛くて辛い目に遭ってきたんだから、きっと最後には最高に素敵な王子様が現れると思うの。ここでやめたらもったいない」
すると、ごふっ、とむせて咳き込んだ。わたしは卵焼きをつかんだまま箸を止めた。
「なによ、なんでむせるの⁉」
「ごめん、ごめん」
桃花は鼻を手で押さえながら笑った。
「恋愛に期待しすぎ!」
「そうかなあ」
「そんな熱病みたいに浮かれて楽しいのは一瞬だけだって。あとは普通の生活。親友みたいになってくる」
「えー、でも、それって理想じゃない?」
桃花は意味が分からない、という風に、手を止めた。
「何それ」
「女同士だって親友になるの、すごく難しいんだよ。好きな人と、家族みたいに助け合える関係になれるってすごいじゃん!」
「……まあ、あたしの場合、それでも別れちゃうけど」
それは……。
「ごめん。わたしのせいでもあるよね」
「……何よ、急に」
「桃花はさ、いつだってわたしのことカレよりも優先してくれるじゃん。高校のときからずっと」
これは何度も感謝してることで、「もういいから」って言われちゃうけど……。
学生時代はいつでも「高梨薫子はビッチだ」「やりまくりだ」「あいつとなら普通にやれる」みたいな噂に悩まされた。大学ではサークルにも入ってなかったし、クラスと言ってもそれほど結びつきが強いわけじゃなかったからよかったけど、高校のときなんか壮絶だった。みんなは白い目で見て来たし、陰でこそこそ言ってきた。なのに、桃花だけはいつもわたしの味方になってくれた。ハブられそうになっても、いじめられそうになっても、陰になり日向になりわたしをかばってくれた。助けてくれた。自分はいつも彼氏が絶えないけど、いつもわたしを優先してくれた。そのせいで別れてしまっても、「おまえ、ほんとは女がいいんじゃないのか」なんて言われても、泣いてすがったり、みたいなことは一度もなかった。「お前、本気で人のこと好きになったことねえだろ」……そんなこと言われても鼻であしらうだけ。
「桃花はわたしに恋愛感情がある」、という人もいるみたいだけれど、わたしはそうは感じない。
恋人というよりも、むしろ姉。むしろ母。
だから、わたしも桃花には自由に話せる。
「ねえねえ、一条君から告られちゃったらどうしよう!」
「一応、つきあってみれば?」
「手とかつないじゃうのかな?」
「そりゃつなぐでしょ、つきあいはじめたら」
「きゃー、どうしよう! き、キスとかもするのかな?」
「するんじゃない?」
「ど、どうしよう。『好きだよ』とか言われたらもうわたし、死んじゃう。キュン死」
「そのまま夜の街に消えてもいいんじゃない? そうなってみてはじめて、気づくこともあるかもしれないし」
桃花はフリーセックスを地で行く人だからいいかもしれないけれど、わたしは無理。それは絶対にないな、と思いつつも、一応言うだけはタダ。
「だよね! だよね!」
と言ってみた、桃花は「ぶっ」とチューハイを噴き出した。
「そんな気、一ミリもないくせに」
「バレた?」
「当たり前じゃん。何年、あんたのこと見て来たと思ってんのよ」
そんな桃花の言葉を嬉しく思いながら、今度はぶり大根に箸を伸ばした。大きく切った大根にたっぷりしみた美味しいダシが、口の中一杯に広がる。
「ああ、おいしい! やっぱり桃花のご飯、最高!」
その余韻に浸りながら、
「何着て行こう。どんな店かな」
「さあね」
「おしゃれ居酒屋みたいなところかな」
「まあ、最初はそんな感じじゃない?」
「だよね。ねえ、これもすごくおいしそう」
と、つやつや照りてりの鶏肉のひとかけをつまんだ。
今日はハニーローストチキン、という食べ物で、外の皮は薄くて飴がかかったみたいにパリンパリンなのに、中はジューシー。味もしっかり染みて、ビールが止まらない。
桃花はストロング缶をあおると、チキンを頬張るわたしを見つめた。
「何?」
「頭でっかちになるんじゃないよ」
「うん?」
「薫子はいざってなると必ず昔の悪い経験を思い出して、すべてを悪い方に解釈してしまうところがある」
もぐもぐしていた口の動きを止めてしまった。
「わかるんだよ。薫子がたくさん傷ついてきたこと。これ以上傷つきたくない、って思ってる気持ちも、警戒してしまうのも。でも、守ってばかりじゃ前に進めないから」
「わかってる……つもり」
「一条はそんな奴じゃないんでしょ?」
「多分……」
不安になって上目遣いに桃花を見る。なぜか照れたみたいに頬を赤らめ、
「もう!」
と、頭を抱えた。
「ものすごく心配! 薫子の男を見る目はイマイチだからなあ!」
「ひどい」って言いそうになってはたと気づく。
言われてみれば、嫌な思い出しかない。
「ああ、もう、どうしよう!」
「ダメだったら泣きにおいで」
「ありがとうーーーーー!」
ビールでチキンを流し込んだ。
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