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「あんたはバービー人形みたいなもんだから」

 いつだったか、高校時代からの親友、藤波ふじなみ桃花ももかが言った。何を隠そうわたしはバービー派だったから一瞬喜んだけど、忘れてはならない事実がある。

「でもバービーって、リカちゃんに比べたら人気なかったよね?」

「美人で妙にセクシーだから、うちらのまわりでは受けが悪かったねえ」

「それさあ、ほめてんの? ディスってんの?」

「ほめてるよ。二重で切れ長の大きな目。泣きぼくろにぷっくり唇。ボン、キュッ、ボン、のエロボディ。地毛とは思えない薄い茶色のくるくる天パのロングヘア。せめて目が離れてるとか、鼻がつぶれてるとか、ちょっとでも庶民的なところがあればいいんだけどさ。あんたって隙がないもん。全身から色気がダダ洩れてる。その見かけとその鼻にかかったアニメ風のセクシーボイスで『いやだ』って言われても、『いいよ』の裏返しにしか聞こえない。ふつうの男には荷が重い。ちょっと自信のある男には、いいカモ。まさか本気で断られてると思わないから、ヤれないと逆切れする」

 けっこうマジで言うからタチが悪い。

「もう、声はどうにもならないよ! ふつうの男向けに髪ひっつめて地味メイクにしたり、眼鏡かけたりもしてみたけど、逆効果だったし。優し気な男の子たちなんか、ライオンににらまれたシマウマみたいな目で見てくるしさ!」

「そりゃそうでしょ。あんたがやったらAVに出てくる『旦那に捨てられた団地妻』とか、『淫乱、堅物OL!』とかタイトルつくやつだよ! まさに男ホイホイ」

 こっちは真剣なのに、他人事だと思ってげらげら笑いだした。

「そしたらもう、着ぐるみ着てボイスチェンジャー標準装備で生活するしかないじゃん!」

「だいじょうぶ。バービーは刺さる人には刺さる。あんたにもいつかケンが現れるよ」

 なんなのよ、それは……と思ったけど、今は桃花が恋しい。

 彼女はセックス好きを公言する、男泣かせの遊び人。こんな時、「だったらあたしとヤろうよ」なんて言って、持ち帰ってくれたりする。まあそれも、相手が桃花のお眼鏡にかなった時に限るけど。


「この間は、武田先輩とヤったんだろ? だからさ、いいじゃん。一回だけ」

 三枝は大まじめだった。

 ふざけんな、武田。あんたとはヤってない! なんでそういうことになってんのよ!

 怒りの矛先が、徐々に大谷君に向いていく。

 気づけ、大谷! 助けに来い! こいつ、あんたの友達でしょ!

 けれども大谷君は幹事で忙しい。こんな事に関わってるヒマはない。

 このまま蹴とばして帰ってやりたい。今はいている黒いパンプスを脱いで、このかかとで思い切りぶん殴ってやりたい。でもそんなことしたら、逆切れされて本気でホテルに連れ込まれそう。

 ……本気で怖くなってきた。心臓が不穏な音を立てる。

 でもきっと大丈夫。今までだって、どうにか切り抜けてきたんだから。

 コートのポケットに突っ込んだ手のひらに、冷たい汗がにじむ。

 覚悟してたはずだった。

 飲み会に参加すれば、ほぼ百パーセント、こういう事態になること。

 でもさ、もういいじゃん。

 最近、もう一人の自分がどこかで囁き始めるようになった。

 今年、二十五だよ。いい大人なんだし、セックスぐらい楽しんでも。修羅場の数を考えれば、これだけ逃げきってきたのは奇跡みたいなもの。この三枝だって、本当はわたしのことが好きかもしれない。悪い人じゃないかもしれないし。桃花だって言ってたじゃん。「体の関係から始まる恋だってある」って。

 でも。

 やっぱりいつもの真面目なわたしが顔を出す。

 これがきっかけになって、なし崩し的に「来るもの拒まず」になっちゃったらどーしよー! そしたら本当に「ヤりまくりの高梨薫子」の爆誕だ!

 イヤ! それだけは絶対にダメ!

 もう一度だけ三枝を見る。

「お願い。俺の精いっぱいでご奉仕するから」

 目が血走ってる。なんか、切羽詰まってる。

 こんなの、絶対イヤああああああああっ!

 あまりの恐怖に全身に冷たい汗が流れた。

 ……もう、仕方ない。

 観念して、唐辛子スプレーをつかんだ。

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