やりまくりの高梨薫子

月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊

第一章 高梨薫子と一条君

1ー1

 ああ、まただ。

 絶望的な気分で目の前でにやついている男を見ていた。

 酔ってるんだ。わかっているけど、こうしてまた、わたしは心の殻を一枚厚くする。

「いいだろ? 一回でいいんだ」

 その、チャラい、という言葉を体現したような三枝さえぐさという男は、本気とも冗談ともつかない口調でまた、両手を合わせた。

「一度でいいからヤらせて」

「いやです!」

 失敗だった。今日はうまく途中で抜けられたはずだった。でも、最初っからロックオンだったのかも。カバンを持ってそそくさとカラオケルームを後にしたとたん、

「送るよ」

 と、ついてきたのだった。何かを感じて、

「話だったらここで聞くから」

 と言ったのは大正解。多分、この場を離れたら、人気のないところでどこかに連れ込まれる。さっきから何を言っても聞き入れてくれない。帰ろうとしたらついてくる。ヤれるまで帰らなそうな勢い。すっぽん状態。

 どうやって逃げるかなあ。

 言い訳を考えるのも面倒だ。だってこういう人たちは、何を言ったって自分の都合がいいようにしか解釈しないんだから。

 今回は同期の大谷おおたに君がらみの飲み会だった。

 大学の時の仲間と飲む、というのでうちの会社の女の子たちが誘われた。ほかの子たちは何の屈託もなくカラオケを楽しんでいる。


 実はこれは二回目。前回は武田たけだというやけに筋肉質な既婚者にべったりくっつかれた。一次会の後、帰ろうとしたところを呼び止められ、「送っていくよ」と言われた。身の危険を感じて断ったら、その場でなぜか壁ドンされて口説きモードに突入。気がついたらみんなは二次会の会場に向かった後だった。

 これは明日、会社で噂になるやつだ。

 そう思ったら、怒りが込み上げてきた。

「ほんっとに、やめてください!」

 ほぼマジ切れして断ったら、

「なんでダメなんだよ。どうせヤりまくってんだろ!」

 と、逆切れされた。「ヤってない」と言ってるのに、信じてくれない。信じない。そうだと思い込んでいるから何の言葉も通じない。

 S女を気取って、

「わたし、男に奉仕するセックスはしたことないから」

と返したのは大失敗。あきらめるどころか、「一緒に気持ちよくなろうぜ」とか「俺がイかせてやるから」とか、キモいことばっかり言い始めた。

 もう無理。こっちはなるべく穏便に事を済ませたいのに。

 泣く泣く防犯ブザーに手をかけた時だった。

 靴音がした、と思ったら、

「あー、高梨さん、まだいたの?」

 同期の一条いちじょう君が現れたのだった。

 助かった!

 思い切り目で訴えかけたら察してくれたらしく、

「俺、帰る方向おなじなんで、送っていきます。じゃ、お疲れ様」

と、そこから助け出してくれたのだった。


 今日だってさすがに来たくなかったけど、いつもよくしてくれる大谷君に、

「この間、色々あったみたいでごめん。今回は武田先輩、誘ってないから」

 と、申し訳なさそうに言われ、

「たのむよ。高梨さん来ないと盛り上がらないし」

 何度も頭を下げられると、断りきれなかった。

 目の前では三枝がしつこく「ヤらせてくれ」と、拝み倒してくる。それを見て思った。

 わたしが誰となら寝るのか賭けてるのかもしれないな。

 よくあるパターンすぎて、吐き気がしそう。もう、ドン引き。

 大谷君までその仲間とか? ううん、そんなはずない。でも。「高梨さん来ないと盛り上がらないし」、って、そういう意味だったの?

 あの気のいい笑顔まで、善人の皮をかぶった悪人の顔に見えてくる。

 しかし困った。

 今日も一条君は参加している。けれど小柄で華奢な清楚系、男子人気ナンバーワンで、且つ、一条君狙いの松本まつもとさんと一次会からずっと楽しく談笑中。さらに大谷君によると、一条君、あの飲み会の後武田ともめたらしいから、今回助けてもらえる可能性は非常に低い。

 マジ最悪。

 幾多の修羅場を潜り抜けてきたおかげで、絶対にさせない自信はある。けど、問題は断り方。けんもほろろに断って、「お前みたいな女ってさ、そうやってみんなを見下して、結局、誰とも結婚できないんだよ」とか、「俺がヤってやんなきゃ、おまえみたいな女、誰が相手にしてくれると思ってんだ!」とか「ふざけんなこのビッチ!」などと言われるのも、けっこうつらい。

 この世の中にはむしろ、謙虚で優しい人のほうが多いと思う。なのに……なんでわたしに寄ってくるのはこういうのばっかりなのよお!

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