第7話:辺境開拓の最適化

王都から馬車で数日。聖女リセリアの領地として与えられた『ハルヴァ辺境区』は、その名の通り、見渡す限りの赤土と枯れ草が広がる「見捨てられた大地」だった。


「ひどいものですね。魔力枯渇(ドレイン)の呪いが大地にまで染み付いている……。リセリア様、本当によろしいのですか? ここを私に任せても」


アルスはひび割れた大地にしゃがみ込み、乾燥した土を指先で弄んだ。リセリアはアルスの隣に並び、風に銀髪をなびかせながら、穏やかに微笑む。


「ええ、アルス様。ここは教国からも王国からも見放された土地です。ですが、貴方の手にかかれば、この死んだ大地さえも……」


「……ふむ。地脈が捻れ、魔力の流れが逆流しているだけですね。詰まった配管を直すのと、原理は同じです」


アルスは立ち上がり、腰のポーチから使い古された測量杭を取り出した。 それを見たカトレイアが、不思議そうに眉を寄せる。


「アルス殿、開拓には数千の領民と、数十年におよぶ歳月が必要なはずだ。まさか、その杭一本でどうにかするつもりか?」


「カトレイア様、効率が悪いのは嫌いなんです。――『全領域鑑定・構造最適化(フルエリア・オプティマイズ)』」


アルスの両の瞳が、青白い燐光を放った。 視界に映る景色が変貌する。地表の荒廃など関係ない。その数キロ地下、血管のように巡る地脈の「目詰まり」と、魔力の「漏洩箇所」が、設計図のように透過して見えた。


アルスは杭を、なんでもない地面の一点に突き立てた。


「そこから先は、少し離れていてください。――『循環の起点(リセット・アンカー)』、接続」


刹那。 轟音とともに大地が震えた。地震ではない。地底深くで眠っていた巨大なエネルギーが、アルスの杭を「鍵」として、本来あるべき正しい流路へと一気に流れ込んだのだ。


「なっ……地面から水が!? いや、これは純粋な魔力水か!」


カトレイアが叫ぶ。 ひび割れた土から、水晶のように澄んだ水が噴き出し、瞬く間にアルスが描いた「見えない線」に沿って、巨大な水路を形成していく。それは土木工事などではない。大地そのものがアルスの意志に従い、自らを再構築していく「癒やし」の光景だった。


アルスは休まず、空に向かって指を弾いた。


「ついでに、害獣除けと気温調整の『大規模結界』を付与しておきます」


空が薄紫色の膜に覆われ、次の瞬間、不毛の地に心地よい春の微風が吹き抜けた。 枯死していたはずの古木が芽吹き、赤土は黒々とした肥沃な土壌へと塗り替えられていく。


「……信じられん。伝説の『創世魔法』の類か? いや、彼はただ……『整えた』だけだというのか」


カトレイアは戦慄した。勇者が魔物を倒すのが「破壊」なら、アルスが行っているのは「創造」を上回る「完璧な管理」だった。


数日後。その噂は風よりも速く王都へ駆け巡った。 『辺境の荒れ地が、一晩で楽園に変わった』 『そこでは病が治り、どんな種も翌日には芽を出すという』


その噂を誰よりも敏感に察知したのは、権力者ではなく、現場で働く「本物の職人」たちだった。


「……あ、あの。アルス様とお見受けします」


完成したばかりの白亜の屋敷(アルスが土魔法の構造補強で一日で建てたもの)の前に、一人の老人が立っていた。王都で最高の実力を持つと言われた伝説の鍛冶師、ドランだ。その後ろには、国一番の宮廷料理人や、腕利きの石工たちが列をなしている。


「ドランさん? どうしてこんな辺境に」


「……あんたが研ぎ直した包丁、そしてカトレイア様の直した剣を見せてもらった。あんな芸当ができる御仁の下なら、俺の技術もまだ先にいけると思ったんでさぁ」


「俺もです! 勇者パーティーの料理番をやってましたが、あいつらときたら『肉を焼けばいい』としか言わない。アルス様が整えたこの最高級の食材、俺に扱わせていただきたい!」


職人たちは口々に、勇者パーティーや王都の腐敗した現状への不満をぶちまけた。


「あいつら(ゼノンたち)は、道具も素材も、俺たちのプライドも、全部『あって当たり前』だと思ってやがる。だが、アルス様……あんたは違う。あんただけが、俺たちの仕事の『本当の価値』をわかってくれる」


アルスは少し困ったように笑い、彼らを招き入れた。


「歓迎しますよ。ちょうど、この街を動かすための『最適化された工房』が必要だったんです」


こうして、かつての不毛の地は、世界中から超一流の技術者が集まる「技術の聖域」へと変貌を遂げた。


一方、その頃の王都。 勇者ゼノンは、馴染みの鍛冶屋の店先で喚き散らしていた。


「おい! なぜ俺の聖剣が直らないんだ! ドランはどうした、あのクソジジイを出せ!」


「……ドラン師匠なら、もう店を畳んで辺境へ向かいましたよ。あんたみたいな『道具を愛さない奴』の剣は二度と打たない、と言い残してな」


「なんだと……!? あいつもか、あいつも俺を見捨てるのか!」


ゼノンの手元にあるのは、もはや魔法の輝きを失った、ただの重い鉄塊。 一流が去り、基盤が崩れ、かつての栄光は砂の城のように崩れていく。


アルスの領地で輝く「未来」と、ゼノンたちが縋り付く「過去」。 その差はもはや、埋めようのない深淵となって開いていた。


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