第1話:理不尽な宣告と、静かなる祝杯

「――アルス。お前は今日限りでクビだ。このパーティーから出て行け」


王都でも一、二を争う高級酒場『金の聖杯』。 Sランク昇格を目前に控えたパーティー『雷光の牙』の祝勝会は、その一言で凍りついた。


天井のシャンデリアが放つ魔法光が、テーブルに並んだ豪華な料理を照らしている。脂の乗ったローストビーフの香りと、熟成されたエールの芳醇な匂い。本来なら勝利の美酒に酔いしれるはずのその場所で、俺――アルスだけが、自分の手元にあるひび割れた安物の木杯を見つめていた。


「……クビ、か。理由は聞いてもいいかな、ゼノン」


顔を上げると、正面には黄金の髪をなびかせた勇者ゼノンがいた。彼は特注の刺繍が施された絹の服を気取って着こなし、極上のワインを口に含んで鼻で笑った。


「わからないのか? お前の『器用貧乏』さだよ。鑑定だの付与だの、ちまちまとした雑用はもう飽き飽きなんだ」


ゼノンは傍らに立てかけた、眩いばかりの光を放つ聖剣『アスカロン』を愛おしげに撫でた。


「見ろよ、この輝きを。俺たちの火力は今や一国を滅ぼすレベルにまで達している。次のステージは魔王軍幹部の討伐だ。必要なのは、敵を一撃で粉砕する圧倒的な魔法、そして俺の剣技に追随できる超一流の戦力だけだ。……お前のような、戦闘能力も中途半端な『荷物持ち』に割く椅子はないんだよ」


「……俺のサポートが、攻略の安定に寄与していると思っていたんだが。君のその聖剣も、僕が毎晩魔力研磨を――」


「安定? ハッ、笑わせるな!」


ゼノンがテーブルを叩いた。銀の食器が甲高い音を立てて跳ねる。


「安定しているのは、俺の才能が飛び抜けているからだ。お前が後ろでコソコソと小細工をしていようがいまいが、俺は勝つ。自惚れるなよ、雑用係。お前がやっていることなんて、街の道具屋や鍛冶屋に金を払えば済むことだろうが」


その言葉に、他のメンバーも追随した。 魔導師のミラは、アルスが調合した肌荒れ防止の薬を使いながら、冷ややかな視線を向ける。


「悪いわね、アルス。でも、あなたのポーションって苦いのよね。明日からは新メンバーのケイン様が加わるの。彼の爆炎魔法があれば、回復なんて必要なくなるくらい早く敵を殲滅できるわ」


重戦士のガストンも、肉を頬張りながら鼻を鳴らした。


「俺の防具についても、いちいち口うるさかったからな。もっとマシな付与術師を雇うことにしたんだ。お前はもう、お役御免だ」


アルスの胸の奥に、冷たい澱(おり)のような感情が沈んでいく。 彼らには見えていない。 ゼノンの聖剣が、数千回の戦闘を経ても一度も刃こぼれせず、常に「最高の斬れ味」を保ち続けていた理由。 ミラの魔力が枯渇しかけても、アルスが食事に混ぜていた微量の魔力回復剤によって、翌朝には奇跡的な回復を遂げていた理由。 ガストンの大盾が、ドラゴンのブレスを真っ正面から受けても砕けなかった理由。


それらすべてを「自分の実力」だと信じ込んでいる彼らの瞳には、感謝の欠片もなかった。


「……わかった。共有財産はここに置いていく。僕の私物だけ持って、今夜中に出ていこう」


アルスは淡々と応じ、腰のポーチからパーティーの予備資金が入った袋をテーブルに置いた。 立ち上がり、背を向ける。そのとき、ふとアルスの視界がガストンの足元に止まった。


椅子に立てかけられた、巨大な黒金の盾。 その右下、装飾の継ぎ目にあるわずかな歪み。 鑑定スキルを使わずとも、長年その盾をメンテナンスしてきたアルスの指先は、その違和感を敏感に察知した。


(……あぁ、やっぱり。今日の戦闘で受けた負荷が、金属疲労として内部に溜まっている)


それは、表面を磨くだけでは決して見つからない「死の予兆」だった。 あと一度、強い衝撃が加われば、この盾は結晶が崩れるように粉々に砕け散るだろう。


「ガストン、最後に一つだけ忠告させてくれ。その盾、右下の構造に致命的な――」


「うるせぇな! 最後まで説教かよ!」


ガストンが不快そうに盾を足蹴にした。ガラン、と重苦しい音が響く。


「お前みたいな『戦闘の素人』が、俺の相棒にケチをつけるんじゃねぇ。さっさと消えろ。二度とそのツラ見せるなよ!」


ゼノンの高笑いが背中に突き刺さる。 「おい、ケイン様をお呼びしろ! 新しい時代の幕開けだ! 祝杯を上げ直すぞ!」


アルスはもう、何も言わなかった。 彼が去った後の酒場からは、新しい仲間を歓迎する歓声と、自分を嘲笑う声が漏れ聞こえてくる。


外に出ると、夜の風は驚くほど澄んでいた。 酒場の騒音を背に、アルスは深く息を吐き出す。 その指先には、今まで仲間たちの装備を整え続けてきた、独特の魔力の残滓が宿っていた。


「……もう、いいかな」


ふと、自分の掌を見つめる。 誰かのために、自分を殺して調整し続ける日々は終わった。 明日からは、自分のための研磨ができる。自分だけのための探索ができる。 アルスの心に湧き上がったのは、悲しみではなく、底知れぬ解放感だった。


彼は夜の街の雑踏へ、静かに足を踏み出した。 背後の『金の聖杯』では、まだ宴が続いている。


彼らは知らない。 アルスが引き抜いたのは、単なる「荷物持ち」という役割ではない。 このパーティーを「最強」たらしめていた、すべての構造的基盤そのものだったということを。


そして、ガストンの盾が悲鳴を上げるまで、残された猶予はあと数時間。 朝日が昇り、彼らが「無防備な王様」としてダンジョンへ足を踏み入れるとき、本当の地獄が始まることを、今の彼らはまだ夢にも思っていない。


アルスの歩みは、かつてないほど軽やかだった。


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