第2話

 大正二十四年。

 帝都浅草は、押しも押されぬ歓楽の都である。

 昼夜を問わずレヴューや活動写真の賑わいが途切れることなく、その活動は人種を問わない。

 そんな人並みに紛れながら、男ヤジモリは鬱屈していた。

 酒が飲める体ではない。煙草は切らした。安煙草だが、自販機に売っているほど有名なでもない。おまけにこんな時間では、煙草屋もあらかた閉まっている。

『酷い』

 裏路地に入った。人通りが嘘のように収まる。その先に、人気のない赤提灯が吊られていた。


「あらあ、ご無沙汰」

 女将は、昔とほとんど変わっていなかった。強いて言うなら少し老けたか。それでも、ここで商いを始めてからを考えれば、ささいなことだ。

「変わりませんね」

「色々あったのよ」

 そう言って、黄色い煙草の箱を滑らせた。

「流石。幾らで?」

「二十銭」

「もう一箱、頂きます」

 ギザの五十銭銀貨を滑らせてから、封を開ける。今の状況では、どんな高級酒にも勝った。

「貴方だけよ、それ吸うの」

「ここいらは上客が多いですから」

「そうでなくて、大概はバットとかなの」

「でしょうね。あまり両切りは得意じゃなくて」

 派手な洋モクのようなデザインで、一見国産品には見えない。口付の最低価格品で、噂では正規品の切れ端を掻き集めたのがこれらしいが、それにしては上等な味がする。口紙の手間と、その分葉の量が減るのが不人気の理由だろうか。

 先を十字に潰し、点けた。やはり美味い。

「……また騒がしくなりましたか」

「そうね。こちらも目をつけられているから、また用心棒をやってもらおうと思って」

「へえ」

 この店は立地が立地なのと、その成り立ちからして、昔から夜人が駆け込んでくることがあった。

 無論悪党を庇うつもりはない。食い扶持にあぶれ、夜の街で商う、俗に言う純血でない連中だ。同族から疎まれ、こちらにも特に害をなさない。排斥する理由もなかった。

 それで数年を夜人狩りに費やし、いつの間にか名の売れてしまったこの高等遊民ヤジモリが、縁あってなし崩し的に用心棒に収まったわけだ。

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夜人物語 猫町大五 @zack0913

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