第5話 問題ない

 袋を抱えて、店を出る。


 クッション、

 ライト、

 ぬいぐるみ、

 アクリルフレーム。


 まとめて買ったせいで、

 両腕がふさがっている。


 レシートはあとで整理する。

 今は、とにかく持ち帰る。


 ——問題ない。


 アキバ都では、

 これくらいの荷物は珍しくない。


『ふぅ〜♡

 ちょっと買いすぎちゃったかなっ♡』


 独り言を言いながら歩いていると、

 後ろから声をかけられた。


「大丈夫?」


 反射的に、足を止める。


 振り返ると、

 同じ店から出てきたらしい男が立っていた。


 年齢は二十代後半くらい。

 私服。

 表情は穏やかで、距離も遠い。


「袋、重そうだったから」


 ……知らない。


 この人は、

 私のことを知らない。


 それが、すぐに分かる。


『大丈夫ですよ〜♡

 お兄さん、優しいですねっ♡』


 声は軽く。

 語尾は丸く。


 男は、少し照れたように笑った。


「アキバ初めてとかかな?」


『そうなんです〜♡

 最近こっちに来たばかりでっ♡』


 問題ない。


 反応からして、

 今の私は、問題ない。


 男の視線が、

 私の腕の中に集まった。


 袋の中身。


「結構、買ってるね」


 一拍。


「君、そういうの好きなんだ」


 ……やめてくれ。


「趣味?」


 今の私には、

 公式サイトを少し見た程度の知識しかない。


 キャラ名も、

 作品の内容も、

 ほとんど知らない。


 ここで踏み込まれたら、

 返せない。


 返せない会話は、

 意見になる。


 意見は、威になる。


『はぁい〜♡

 引っ越してきて、

 色々集めたいなって♡』


 曖昧に。

 中身を作らず。


 男は、

「そっか」と笑った。


「この辺、選択肢多いもんね」


 ——だめだ。


 その言い方は、

「分かったつもり」だ。


 分かっていないのに、

 分かった顔をされるのは危険だ。


『──そろそろ、

 いいです?♥』


 ほんの一瞬、

 空気が冷える。


 風でも、

 気のせいでもない。


 男が、

 わずかに言葉を詰まらせた。


「…あ、あぁうん。

 ごめん」


 私はそれ以上何も言わず、

 一礼して歩き出す。


 足を速める。


 袋が揺れる。


 心臓が、

 少しだけ速い。


 ……危なかった。


 黒霜は、

 まだ近い。


 通りを曲がり、

 人混みに紛れる。


『はぁ〜♡

 びっくりしちゃったねっ♡』


 無害な声を、

 誰にも向けずに出す。


 私は、問題ない。


 問題ないから、

 今日はもう帰る。


 買ったものは、

 十分だ。


 次は、

 もっと気をつけよう。


 人と話すときは、

 踏み込ませない。


 分からせない。


 威を、出さない。


 そう、何度も心の中で繰り返しながら、

 私は指定住居へ向かった。

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2026年1月3日 21:00 毎日 21:00

萌えキャラ刑、執行。──義務かわいい、拒否権なし 濃紅 @a22041

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