第4話 義務

 指定された住居は、駅から近かった。


 雑居ビルの上階。

 エレベーターを降りて、短い廊下を進む。

 鍵は新品で、少し軽い。


 開ける。


 ワンルーム。

 新しく、清潔で、癖がない。


 床は明るく、

 壁は白く、

 天井は高すぎず低すぎない。


 ——無色だ。


 スーツケースを部屋の中央に置き、

 ドアを閉める。


 音が、消えた。


 ここが、

 私の指定された居場所らしい。


 机の上には、

 簡単な案内用紙が一枚置かれていた。


 ・居住状況確認のため、

 室内写真の提出を義務とする


 ・服装同様、「萌えキャラ刑」に

 適合した環境であること


 ・提出期限:三日以内


 三日。


 短いが、

 考える時間はある。


 私はスーツケースを開ける。


 中身は少ない。

 着替え、生活用品、

 それから——派手なメイド服。


 黒い私物は、ほとんど残っていない。


 この部屋に、

 どうやって「萌えキャラらしさ」を足すのか。


『……うーん♡

 むずかしいねっ♡』


 声だけが、やけに明るい。


 私はスマホを取り出し、

 検索欄に文字を打つ。


「萌え部屋」

「オタク部屋」

「量産部屋」


 画像が、いくつも並ぶ。


 カラフルな壁。

 ぬいぐるみ。

 アクリルスタンド。

 ポスター。

 ライト。

 クッション。


 なるほど。

 ……なるほど?


 理屈は分かる。


 可愛いものを置く。

 統一感を出す。

 生活感を減らす。


 でも、

 どこまでやれば「足りる」のかが分からない。


『うーん……こういうの疎いかも♡』


 独り言を言いながら、

 画像をスクロールする。


 スマホの画面を指で滑らせながら、

 私は一度、手を止めた。


 ——知らない作品のものには、

 手をつけない方がいい。


 そう決める。


 物語のある原作。

 強い文脈を持つキャラクター。

 それらは「解釈」を生む。


 解釈は、意見になる。

 意見は、威になる。


 今の私には、

 それは危険だ。


 だから選ぶのは、

 ストーリーのないもの。


 原作がほぼ存在しない、

 キャラクター性だけが記号化されたもの。


 可愛い、以上の意味を

 持たないもの。


『うんうん♡

 それが無難だよねっ♡』


 独り言を言いながら、

 私は検索条件を変える。



 間違えたらどうなるのか、

 説明は書いていない。


 それが一番、厄介だった。


 ——考えすぎる必要はない。


 そう思う。


 ここは、アキバ都だ。


 駅を出れば、

 店はいくらでもある。


 揃わない理由はない。


 私はスーツケースを閉じ、

 もう一度部屋を見回す。


 白い壁。

 何もない床。


『よーし♡

 まずは必要なものからだねっ♡』


 鍵を持ち、

 部屋を出る。


 エレベーターを降りると、

 外は相変わらず賑やかだった。


 看板。

 音楽。

 人の流れ。


 メイド服姿でも、

 誰も立ち止まらない。


 ここでは、

 私の格好は特別じゃない。


 それが、少しだけ楽だった。


 店に入る。


 キャラクターグッズ。

 インテリア雑貨。

 ライト。

 布類。


 無限にある。


『……すごいな〜♡』


 感心はする。

 でも、気持ちは冷静だ。


 私は一つずつ、

 用途と意味を考える。


 これは、飾り。

 これは、色。

 これは、写真に写る。


 写真。


 そう、写真だ。


「萌えキャラらしい部屋」は、

 実際に住むためというより、

 提出される画像として成立していなければならない。


 それに気づいた瞬間、

 少しだけ楽になる。


 完璧に好きである必要はない。

 必要なのは、

 それらしく見えること。


 私は、問題ない。


 カゴを手に取り、

 いくつかの商品を入れる。


 クッション。

 ライト。

 小さなぬいぐるみ。


『えへへ〜♡

 それっぽくなってきたかもっ♡』


 声は軽い。


 心の奥で、

 黒霜が小さく鳴る。


 ——これも、刑だ。


 でも、

 今はそれでいい。


 私は買い物を続ける。


 三日あれば、

 形にはなる。


 写真も、撮れる。


 萌えキャラらしい部屋は、

 作れる。


 そう、確認しながら。

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