第3話 昼下がりの距離感

昼前。


キッチンから漂ってくるいい匂いに、俺は小さく息を吸った。


「隼人くんは勉強できるんだっけ?」


「……えっと、まあ。中学の時にたくさん勉強したので…」


母さんの提案で昼ごはんにすることにしたのだが……


『あっ、隼人は手伝わなくて大丈夫よ。信重のぶしげさんと話しててほしいの』


俺に親睦を深めてほしいのか、俺は橘のお父さん─信重さんと話していた。


「謙虚なのかな?家族になったわけだし、『お父さん』として、敬語はなしで接して欲しいな」


「……わかった。あまり慣れないけど…頑張ってみる」


俺が生まれてくる前に父さんは病気で亡くなってしまい、普通の父さんとの接し方が分からない。


「いい子だな、隼人くんは」


「いや、そんなんじゃないよ。……昨日やらかしたし…」


「そうなのかい?」


意外そうな顔をして、信重さんはこちらを見る。昨日のことを話そうか考えていた時─


「隼人兄さんー!お皿運んで〜!」


「行ってきます」


「ああ、行ってらっしゃい」


キッチンから、咲彩の呼ぶ声が聞こえ、急いで向かう。


「ごめんね?手伝わなくていいって言われてるのに……」


「大丈夫だ、気にするな。あと、隼人でいい。兄さん呼びは慣れない」


皿を受け取り、思ったことを告げ、リビングに向かおうとした時、咲彩がじっと俺を見あげてきた。


「……ねぇ」


「ん?」


「ほんとに不思議だね」


「何がだ?」


「クラスだと話さないのに、家だと普通なんだもん」


「それは……褒めてるって認識でいいのか?」


「もちろん!」


満面の笑みで返された。だが、それよりも─


距離が近い。近すぎる。今まで、風花としか関わっていなかったから、他の女子に対しての免疫がない。


「咲彩。火、弱くして」


背後から、玲奈の声。


「はーい」


咲彩は素直に返事をしてコンロに向き直る。

その間、玲奈は一歩引いた位置から俺を見ていた。


「何か用が?」


そう聞くと、玲奈は一瞬だけ視線を逸らした。


「…いえ、思ったよりも普通だなと」


「失礼だな」


(姉妹から同じことを二度も言われなくては……)


「クラスでは、もっと……無機質な人だと思ってました」


「人をロボットみたいに言うな」


小さく笑うと、玲奈はわずかに目を細めた。


「……今の方が、自然ね」


その言葉が、なぜか胸に引っかかった。


(自然……か…)


自分では意識してなかったが、肩の荷が降りている感覚はする。それに、風花以外の人と話して笑ったのも久しぶりな気がする。


「……ご飯も出来上がる頃だし、行きましょう」


玲奈にそう言われ、俺は後に続くようにして、リビングに向かった。


〜〜〜


昼食は、想像よりも賑やかだった。重信さんと母さんが会話し、元気な咲彩と咲彩を宥める玲奈。そして、振り回される俺。


「隼人くん、いっぱい食べてね!」


「ありがとうございます……あ、いや、ありがとう」


慣れない言い直しに、信重さんが楽しそうに笑う。


「無理しなくていいよ。少しずつで」


「……助かる」


咲彩は、俺の反応一つ一つに楽しそうに頷いていた。


「ねえ隼人、味どう?」


「美味い。普通にレベル高い」


「ほんと!?やった!」


嬉しそうに笑うその顔を見て、胸の奥が少し温かくなる。


(……守る、か)


昨日まで考えていた「守る」という言葉とは、少し意味が違う気がした。


その時。


「……隼人」


玲奈が箸を止めて、こちらを真っ直ぐ見つめる。


「どうした?」


「……昨日の夕方」


一瞬、心臓が跳ねた。


「昨日の夕方?」


「外、いたわよね?」


静かで小さい。だが、芯が強くてこちらを逃がさないという意思を感じた。


「まあ、下校してたし」


嘘は言ってない。あれは、下校タイミングで起きたものだから。


「……そう」


これ以上は、無駄と考えたのか玲奈は会話を終え、再び、箸を進めた。だが、例の件について考えているようだった。


(やっぱ、鋭いな……)


一方、咲彩は気づいておらず、箸をガンガン進めている。


「ねえねえ、明日暇?」


「明日か?」


「一緒に買い物行こ!日用品とか買いたいの!家族だし!」


その言葉に、母さんが嬉しそうに微笑む。


「いいじゃない。隼人、お願いできる?」


「……まあ、いいけど」


「やったー!」


咲彩が小さくガッツポーズをする。


「……無理しなくていいわよ」


玲奈が、静かに言った。


「俺は別に嫌じゃない」


そう答えると、玲奈は一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を逸らした。


「……そう」


短いやり取り。


けれど、その空気の中で、俺は確信する。


(この人……)


俺を、観察している。探ると言うより、何かを確かめている。


氷姫と太陽姫。

真反対な二人の義妹と過ごす昼下がり。


─俺は久しぶりに、誰かと過ごす楽しさを思い出した。




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