第4話「フタリトモ ゲンキシテタ カナ? コッチ ハ アイカワラズ ノ ゲキム デ(以下略)」 By シャロン
場面は現在に戻り、今二人が歩いているのは領都へ向けて真っすぐに伸びる、整地された街道だ。
少し時期が早ければ、黄金色の麦の穂でいっぱいの風景が堪能できたであろうが、収穫祭が終わった今は殺伐とした荒野が延々と広がっている。時折山と積み上げられた、脱穀後の麦わらが見えるが、これは家畜の飼料や寝床、あるいは肥料などに使われる。現代ならロール状に巻かれて白い布で覆われることで、遠目に「羊さん」に見えたりもするが、近くに寄れば、羊どころか象さん並に巨大である。それはさておき。
屋台で軽く朝食を済ませたあとで、珍獣探しの続きとばかりに葉月は「めぼしい殿方」と交流しまくる。
のんびりと歩きながら、道行く人たちはもちろん、路肩で露店を開く人たち、畑仕事をしている人にも声をかけまくる。
牛に引かせた荷車を路肩に停め、一服しているやや年かさの男性を見かけて元気にご挨拶。
「こんにちは、おじ様。かわいい牛さんですね!」
「こんにちは嬢ちゃん方。なんかようかね?」
「実は今、探し物をしていまして……」
珍獣探しの件をきっかけとして、世間話から身の上話と、相手の個人情報を聞きだす巧みな話術。
降って湧いた厄介ごとの依頼が、うまい具合に目くらましになっていることに、エストは感心するが。
「おい、『ハズキ』。そろそろ移動しないと、夕方までに次の宿場町にたどり着かないぞ?」
「あら、いけない。また野宿になってしまうところでしたわ」
そんな二人のやり取りを、男性はにこやかに眺めている。
「次の宿場町なら、嬢ちゃん達ぐらい乗せてやってもいいけど、歩いていったほうが早いだろうなあ」
「お心遣いありがとうございますわ。こちらも、色々聞けて楽しかったです!」
手を振って別れ、しばらく歩いて後。ポンチョの下で袈裟懸けにした大き目の鞄から、羊皮紙の巻物――いわゆるスクロールを取り出してペンを走らせる。
それは、この旅程で出会った人たちの細かなプロフィールであり、名前や年齢、職業や趣味や好き嫌いなどに加え、下手をすれば年収すら記されている。これが、現在メインクエストとして受領し、運搬中の重要書類の追加資料となるのだ。
情報管理の重要性を、師匠であるオボロから嫌というほど叩き込まれているエストにしてみれば、人畜無害な見た目で堂々個人情報をすっぱ抜いていく葉月に戦慄する。頃合いを見て葉月に声をかけるのも、あまりに無警戒に情報漏洩しまくる人々を見かねた、エストなりの慈悲のようなものである。
「今日のところはここまでにして、あとは移動に専念したほうがよろしいでしょうね」
そう言って羊皮紙の束をしまい込むが、鞄の入り口に比べて明らかにサイズオーバーなのに、難なく収納されている。
それもそのはず、これはシャロンが用意した冒険者ギルドの備品であり、運搬用として容量拡張と重量軽減の効果が付加された魔道具、いわゆる「マジックバッグ」というやつである。まともに買えば金貨数枚は下らないという超高級品で、上級冒険者なら所持していても珍しくはない(熊さんも大剣収納用に持っている)が、それなりに稼いでいるエストですらおいそれと手の出ないシロモノである。
本来なら冒険者に貸し出すなどありえないし、初級冒険者であるならなおさらである。
(いくら何でも大盤振る舞いが過ぎると思うが)
それだけ葉月に対する期待も大きいということだろう。主に婚活方面で。
「わたしは時々、『ハズキ』が恐ろしくなるよ……」
「あら、失礼な。わたし人畜無害なタヌキさんですわよ?」
そんな風に呑気に返す葉月、冒険者名「ハヅキ」であるが、賢明な読者諸氏ならお気づきであろう、エストが彼女を呼ぶときのニュアンスに、微妙にズレがあるということに。
その理由を説明する前に、まずは獣人国において普及している記述用の文字、「環字(かんじ)」について説明せねばなるまい。
簡単に言えば、個々の種族に使われていた情報交換用の記号、表意文字の類を、獣人国成立にあたって共通化したもので、種族を「円環」の如く繋げるという願いを込め、そう名付けられたものである。メタ的に言えば、「漢字」そのものであるが。
それに対して、王国で用いられているのは表音文字なため、環字の持つ意味そのものまでは表現しきれない。
葉月のケースも、ローマ字で言うなら「ZU」と「DU」の表記上の違いが出たものだが、同じ獣人種でありギルド嬢としての経験も長いシャロンはともかく、人族であるエストにそのあたりの細かい「こだわり」を考慮しろというのも酷な話である。
ちなみに本来備考欄とは、こういう補足事項を書く時に使うのである。
そんな、微妙に耳慣れない呼ばれ方をしている「ハヅキ」であるが、そのことについて特に訂正するようなことはない。先述した通り、環字を知らない人族にとっては使い分けが難しいことを知っているからであり、また獣人族にとって重要なしきたりが関係してくる。
それは、異性に自分の名前の意味を教えることが、「愛の告白」に等しいという理由からである。
(いつか、エストさんにもちゃんと知って欲しいですわ)
今はエストを「女性」だと思い込んでいるため、「家族の様に親しい相手」ぐらいにハードルが下がっているものの、どちらにせよ特別な事には違いない。ここしばらくの旅路で、それなりに親しさは増したと思うものの、「友達」以上を望むのは、まだ早いと思っている葉月であった。なによりも。
(突然そんなことを言われても、エストさんも困ってしまうでしょうしね)
村を出て初めてできた「友達」であるエストとは、もっともっと仲良くなりたい。
そのためには彼女の足手まといならないぐらい、隣に立つに相応しい存在なりたいという一種の願掛けである。
「遠くに見えるのは、次の宿場町の入り口のようだね」
「なんとか日暮れ前にはつけそうですわね!」
「じゃあ、少し急ごうか、『ハズキ』」
「それじゃあ、街の門まで競争ですわよ!」
そうしてフライング気味に飛び出した葉月。
幼いころ母に読んでもらった物語の中に、こんなシーンがあったことを思い出す。
(今まで友達とやってみたかったこと、一杯やってみよう。エストさんと一緒に)
なお、どんくさいタヌキが当然エストに勝てるはずもなく、息も絶え絶えに大幅に遅れての到着となる。
直後、葉月の持つギルド証から、甲高い発信音が数度聞こえて来た。
それはギルドからの重要連絡があることを示す通知機能で、出張所を含めた各冒険者ギルドに一定範囲に近づくことで作動する仕掛けである。
通知はギルドからの一方通行で、一昔前のポケベルのようなものと思ってくれていい。
そして通常滅多に鳴るものではないが、二人は互いに顔を見合わせ「またか」といった表情を浮かべたのだった。
「こちらが初級冒険者の『ハズキ』様へあてた緊急通信文となります」
出張所勤務の丸メガネをかけたギルド嬢――明らかに人族の彼女から手わたされた薄手の羊皮紙。その送り主は二人の予想に違わず、スピカギルドのシャロンからのものだった。
冒険者ギルドには古代文明の遺失物を利用した通信網が張り巡らされており、本部と各支部、および出張所との間でほぼリアルタイムでの情報交換が可能になっている。現状は電信のような長音と短音を組み合わせた特殊符号でのやり取りになり、あまり大量な情報のやり取りには向かないが、羊皮紙一枚分、数百文字程度の短文によるちょっとした手紙のやり取りは、頻繁に行われている。
おそらくはメガネのギルド嬢による達筆で書かれた文面は、現在受領中のクエストに関する補足事項、および二人の旅の進捗を訪ねるものであった。
「フタリトモ ゲンキシテタ カナ? コッチ ハ アイカワラズ ノ ゲキム デ(以下略)」
こんなお手軽に使っていいものかと思いつつ、受け取った羊皮紙の下半分に受領のサインと返信文を記入し終えると、次いでマジックバッグを開け、昼に書き込んでいたスクロールを一つ取り出す。
「まずは返信文はこちらで、それからこれも一緒にお願いしますわ。びっしり書き込んでしまったので、大変だとは思いますが」
「いえいえ、こういうの慣れていますから」
慣れた手つきで葉月から受け取ったスクロールを開き、ざっと目を通すギルド嬢。そして、とある一か所で視線が釘付けになる。
「あのあの、もしかして、こちらの方って……ごにょごにょ」
羊皮紙から顔をあげ、挙動不審になりながら震える指先で葉月に指し示すのは、とある男性の名前。
「ああ、よく覚えてますわ。とても誠実そうなお方でしたわね。……残念ながら、わたしのお眼鏡には叶いませんでしたけど」
葉月が目星をつけた殿方は、思い人が別にいるなどのパターンが多いが、今回は少しばかり毛色が違っていた。
そして、目の前でほほを染めつつモジモジするギルド嬢を見てピンとくる。
「あらあら、お姉さま『も』、この方が思い人でしたのね!」
その言葉に真っ赤になったメガネのギルド嬢は、大切そうに書類を抱えて、カウンターの奥に引っ込んでいった。おそらくは、意中の彼の情報だけ、きっちり抜き出す算段だろう。実に強かと言えよう。
ともかくまたひとり、恋に悩める乙女に希望を与えてしまったようである。
「ライバルは多そうですけれど、是非とも頑張って欲しいですわね」
すでに女の子に囲まれハーレム状態なところに飛び込んで、根掘り葉掘り聞いてくる子ダヌキの厚かましさよ。最初は邪険にしていた周囲の女の子たちも、メモを片手に一心不乱に聞き入っていた。
しかしタヌキ族は、概ね恋に一途な生き物なのである。家庭円満、ハーレム反対。
「そっちの用事は、無事すんだみたいだね?」
「あらエストさん、お帰りなさいですわ!」
周囲への聞き込みのためにと、しばし別行動していたエストが出張所へと戻ってくると、葉月はぱっと表情を明るくする。花開いたような笑顔からして、どうやらちょっぴり心細かったようである。
スピカのギルド支部と比べて手狭なロビーの奥には、窓口一つのカウンターと、その隣に小さな掲示板。まばらに残った依頼書はみな初級向けで緊急性は低いが、わりの良くないものばかりだ。
そのことに気づいたエストは少々難しいを顔をしながら、無人の窓口に視線を移す。
「どうかなさいました?」
「ああ、ちょっと気になることがね。その前に、ハズキの報告を聞いておこうか」
ロビースペースに立っているのは、葉月とエストを除けば賑やかしに置かれた観葉植物の鉢植えだけ。
その側にひとつだけ設置された、小さなテーブルをはさんで互いの報告会。なお、ワンオペギルドにドリンクサービスなんてものはない。
「どうりで胡散臭い依頼だと思ったが、『第七王子』が関わっていたとはね」
シャロンからもたらされた補足情報を聞いて、神妙な表情を浮かべるエスト。
葉月は小首を傾げつつ尋ねる。
「三毛猫さんを探していたのが王子様だったことにはびっくりしましたけど、それになにかあるのですか?」
「巷の噂ではあるが、彼はあまり評判が良くないみたいでね」
曰く傲慢でワガママ、気まぐれで何を考えているかわからない。口さがない者達からは、無能のポンコツとまで言われるほどだ。それで不敬罪に問われない程度に王族が民に寛容なのは感心するが、現王の治世がそれだけ安定している証拠ともいえる。
とはいえ、いくら何でも酷すぎるだろうという噂も目立ち、氷の微笑を曇らせるほどである。
「それで、『いい噂』というのはありませんの?」
そんな葉月の問いかけに、エストは感心したような表情を浮かべ応える。
「そこがどうにも胡散臭いんだ。まるで『意図的』に悪い噂ばかり流しているように思えてね」
そこまで言って、ふと思いついたように付け加える。
「あと強いて言えば、名前が不明な点が不可解かな。他の王子たちの名は広く知られているが、彼の名前に関する情報は一切ない。王子のお披露目はあったが、その時も名前は公表されなかったと聞いている」
一部のお嬢さん方には「ミステリアスで素敵!」などという者達もおり、かくいう葉月も例外ではなかったようだ。予想通りの反応を返すことに、何とも言えないもやもや感がふと湧き上がる。
「でも、それが意図的に成されたのなら、『名を隠す』ことに何か意味があるのかもしれませんわね」
何気ない葉月の推測に、エストの胸がチクリと痛む。それも含め、仮面の下に隠し通す。
「そういうものかな?」
「ええ、そういうものですわ」
名を隠す意味に後ろめたさ覚えるエストと、楽し気にする葉月。対照的な二人の思いが交錯するのはいつの日か。
「それでエストさんの方は、なにか収穫でもありましたの?」
「ああ、そのことなんだけど……ちょうどいい」
先ほど気にしていた窓口に、何気に上の空な丸メガネのギルド嬢の姿を見つけると、エストは葉月を伴って訪ねる。
「ちょっといいかな。この先にあるという『ダンジョン』についてなのだが」
その言葉を聞いて、ギルド嬢のちょっと熱に浮かされた表情が引き締まる。
「それは、『風鳴りの洞窟』のことですね。この近辺にあるダンジョンはそこだけになりますし」
「ああ、そうだと思う。そして現在『正規攻略中』のパーティは居ない、と聞いているが」
それは事実なのだろう、ギルド嬢の表情がわずかに曇ったことが答えである。
「初級向けで階層数も少ないため人気の場所だったのですが、どうやら最下層にボスが沸いたみたいで」
「それが、『中級クラス』だと判断した、ってところかい?」
ゆっくりと首肯すると、ギルド嬢は手元の資料をめくりつつ応える。
「帰還した初級者パーティ数組の証言によれば、ボスは中型の魔獣が一体。薄暗い最奥部の一室に巣くっているようです」
夜目が利くらしく、警戒して挑んだパーティもあっさりと奇襲を受けて隊列を崩され、反撃しようにも素早い動きに翻弄され、這う這うの体で逃げ帰ってきたのだとか。幸い、最奥部から出てくることはないようだが、ギルドは初級者パーティには荷が重いと判断し、高位の冒険者が来るまでは、正規攻略許可は出さないことにしたのだとか。
「それはなんとも、大変なことになっていますわね」
葉月もギルドで講習を受けているため、この世界における「ダンジョン」と呼ばれる異質な領域と、それに対して冒険者ギルドが定めたルールについてきっちり熟知している。
そこは魔物の発生メカニズムと同様に、人の淀んだ悪意が集まることで生まれる一種の異界だ。
多くの財宝が眠り、それを狙う者を阻む数々の罠と魔獣、最奥部には強力なボスが待ち構えているという。ぶっちゃけこの辺りは、そこらのファンタジーもののそれと大差はない。
そして、そんな危険とチャンスが隣り合わせの場所に対するギルドのスタンスは極めて慎重。
曰く、ギルドの許可なくダンジョンへの侵入厳禁。新たに発見したら速やかに報告。
曰く、過信禁物、引き返すのも勇気。ダンジョンでは何が起こるか分からない。糸持った?
大まかに抜粋すればこのあたりで、最初の講習できっちり叩き込まれる。やらかした者達は、冒険者ライセンス剥奪と、厳しい沙汰が待っている。
「ならばこの一件、わたしが引き受けよう。問題はないはずだ」
現在、この宿場町を拠点とする中級以上の冒険者パーティは存在しない。改めてそのことを確認したエストは、ギルド証を提示しつつギルド嬢に申し出る。
「中級冒険者のエスト様ですか!? もちろん、願ってもないことです!」
彼女の言うところによれば、現在西部で活動する中級冒険者の中で、最も上級に近いと噂されるひとりだという。想像以上に凄い人だったことに葉月は珍しく驚き、そして密かに動揺もしていた。
そんな子ダヌキの様子に気づくこともなく、エストはさっさとクエスト受領手続きを進める。
書きあがった申請書を受けとったギルド嬢が、その場でざっと目を通す。直後、彼女の柳眉がわずかに歪んだ。
エストの傍らに立つ同行者にちらりと視線を投げてから、やや遠慮がちに曰く。
「差し出がましいようですが、幾らエスト様でも、おひとりでの探索は危険なのでは?」
カウンターに置かれた申請書を、葉月は覗き込むようにして中身を確認。ギルド嬢の言った通り、参加申請者の欄には、葉月の名前はなかった。
「あらいけません。わたしの名前、書き忘れておりますわよ?」
内心の動揺を隠しつつ、筆記具に手を伸ばそうとした葉月だったが、エストがそれを制し、有無を言わさぬ口調でこう告げる。
「ハズキはここで待っていてくれ。今回は、わたし一人で行く」
「わたし、足手まといですか?」
表情は笑顔のまま、けれど声色にいつものような張りがないのに気づいたエストは、言い方が悪かったと反省。
「足手まとい以前に、君はあくまでも駆け出しの初心者だからね。今回のような、危険度が高いダンジョンへの同行は、先達としては認められないんだ」
「でも、どれほどのベテラン冒険者でも、ダンジョンへの単独侵入は推奨されていないって、講習で習いましたわ」
確かにそれは葉月の言う通りで、ギルト嬢の懸念もそこから来ているのは明らかなのだ。
その事をしっかりと覚えていたことに感心しつつも、しかしいつもの聞き分けの良さがなりを潜め、珍しく食い下がる態度に違和感を覚える。だからこそ厳しい口調で続ける。
「やむを得ない事情があるなら、単独侵入が許可される例はあるさ。それに今の君は、少し冷静さを欠いているように見える」
そして、致命的な一言を投げてしまう。
「『君』と一緒には行けない」
直後、葉月の眦から一粒の雫がこぼれる。
張り付かせたような笑顔が崩れ、二つの瞳がじわりと潤むと、ぽろぽろと止めどなく涙があふれだす。
初めて見る葉月の泣き顔に、エストは困惑を隠せず呆然と立ち尽くす。
「はい、すとーっぷ!」
何か声をかけようと一歩踏み出そうとしたエストの前に、いつのまやらカウンターから出ていたギルド嬢が割って入る。
そして声もなく涙する葉月を隠すよう、エプロンを纏った胸元に抱き寄せる。
「たしかにエスト様の言う通り、ダンジョンへの単独侵入を許可する例外は珍しくありません。ダンジョン未経験のハズキ様を、中級クラスのボスがいるダンジョンへ同行させる危険を憂慮する判断も正しいですね」
その言葉に、葉月はぴくりと肩を震わせる。ギルド嬢は、そんな葉月の髪を優しく撫でつつ、なだめるような口調で続ける。
「けれど、それが『正解』とは限りませんよ?」
この人は、今の自分の味方。そう認識できたことで、安心した葉月は低く嗚咽をもらしつつ甘えるように泣きじゃくる。
「タヌキ族として成人したばかりと聞いていましたが、やっぱり年相応ですものね」
ギルド嬢の言葉を聞いて、エストは愕然とする。普段の世慣れした、飄々とした態度故に気づけなかったが、葉月は自分よりもずっと年下の女の子なのだ。
(あの頃の『僕』は、どうだった?)
そう考えて思い出す。
今の葉月よりも少し幼い自分。病気がちな母を心配し、まだ甘えたいのを我慢して、オボロ相手の厳しい修行に打ち込んでいた頃だ。
ただ気を張っていただけで、寂しくないわけがない。そんな当たり前のことに、エストはようやく気づいたのだ。
「お見苦しいところを、お見せしましたわ」
ギルド嬢に礼を言って離れると、まだ赤い目元をこすりつつ、葉月は真っすぐにエストを見つめ笑顔を作ろうとしている。
正体の発覚を恐れ、人との深い関わりを避けて来た自分に、それで傷つけてしまった自分に、それでもまだ向き合おうとしてくれる。
「エストさんが本当にすごい冒険者だって気づいて、焦っていたのです。まだ駆け出しのわたしじゃ、とうてい追いつけないって。だから、意固地になって、我がままを言って」
高い目標を前にして、それが到底届かない壁だと分かったその時の悔しい気持ち。
それをエストが分からないはずがなかった。
「見苦しいのは『僕』のほうだ。ちゃんと相談すべきだった。なのに、勝手に決めてしまって。単に先輩冒険者として、ハズキにいいところ見せたかっただけなのかもしれない」
初めて聞いたエストの弱音。遥か高みにいると思っていた「隣」との距離が、ほんの少しだけ近づいた気がして、葉月はようやくいつもの調子を取り戻す。
「エストさんは、いつでも素敵でカッコイイですわよ」
そして、仕切りなおすように一度深呼吸。エストの知る、心地よい和んだ空気が周囲に満ちたのを感じて、張り詰めた気が緩んでいく。
「『マリエルさん』の言う通り、エストさんの判断は正しいですわね」
(あれ、マリエルって誰?)
初めて聞いた人物名に一瞬戸惑うエストだったが、ダンジョン閉鎖で閑古鳥が鳴くワンオペギルド内に、該当者は一人しかいないとすぐに気づいて何気ない風を装う。いつも通りのコミュ強に戦慄を覚えるエストの突込みの切れも、無事戻った様である。
「そういうわけですので、わたしは――」
「その結論は、まだ早いですよ?」
葉月が言いかけた言葉を、丸メガネのギルド嬢・マリエルが制する。
そして葉月の顔を覗き込むようにして、ちょっぴりお道化たような口調で続けた。
「実はわたし、スピカギルドのシャロン先輩から、予め言付かっていたことがありまして」
葉月とエスト、二人に深いかかわりを持つ名が出て来たことで、互いに顔を見合わせる。もちろん、どちらも心当たりなどない。
「もしもお二人がダンジョンに挑むことになったら、ハズキ様に指導をしてあげて欲しいって。こう見えてわたし、後衛支援職のエキスパートだったんですよ?」
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