幕間:エストの旅立ち・または彼がなぜ名を隠して女装をするに至ったか

(まさか、彼女にあんな才能があるなんてね)


 エスト自身も魅了された葉月の幻影ショー。依頼主の女の子・アンナも満足したようで、悩んでいた父への誕生日プレゼントを何にするかも、父の背中の傷を隠す、カッコいいマントに決めたそうだ。

 実は葉月的には、あの物語の中にプレゼントのヒントを色々ちりばめておいたようで、その誘導が効いたのか、結果的にラストシーンのお姫様が着ていたマント、それを倒れた騎士様を介抱する時に使ったことから思いついたのだとか。


 幻術の見事さもさることながら、それで何かを欺くのではなく誰かを癒すために使ったことに、「彼」は心の底から感心を覚えた。


 見届け人であるエストとしては、十分及第点と言える結果だが、その後夕食に誘われ、思いのほか長居したことが災いした。

 なんでも、今日の宿をまだとっていなかったようで、厳しめに言えば、見積もりや段取りの甘さは罰点対象になる。

 幸い、ミナやガルドの勧めもあって、泊めてもらえることになったはいいが、そんな都合いいことはそうあるわけもない。

 もっとも、まだ初級冒険者ですらない、規約上は単なる一般人だ。正式にギルドのメンバーとなれば、きっちり講習を受けて、最低限の知識は身につくことだろうが。


「おい、呑んでるか『エスティマ』! それと娘はやらんからな!」


 テーブルをはさんだ向かいで、すっかり出来上がっている全身傷だらけの大男によって、現実に引き戻される。

 なぜか、彼と差し向いで呑むことになっていたのだ。


 なんでも、何年かぶりに娘の前で人間の姿に戻ったガルドが「久しぶりにお父さんと寝るか?」と嬉しそうに提案したものの、「もうそんな子供じゃないもん!」と振られたようである。

 ただの照れ隠しだと、葉月もフォローしていたが相当落ち込んだようで、ガルドの寝室兼・客間にこもって一人やけ酒中である。

 そんなアンナは葉月の幻術が気に入ったようで、寝物語をせがまれ一緒のベッドで寝ることになった。

 そして、葉月たちがすっかり眠りについた後で、エストは客間でひとり晩酌中のガルドの元を訪ねる。

 エストは幼い頃に彼との面識があった。全身におびただしい傷を持つ彼の雄姿を覚えていたのだ。


「お久しぶりです、スカー殿」


 その言葉に、ガルドはジョッキを持つ手を止める。


「悪いな、今の俺はただのガルドだよ」


 かつて南部の英雄として称えられた大剣使い、「血まみれのスカー」。

 それが、彼が現役冒険者だった頃の通り名。上級冒険者の中でも、特に活躍の著しい者たちは、畏敬を込めた二つ名が自然と広まるものだった。


(熊の姿とガルドという本名じゃあ、わかるわけないよな)


「久々に獣化を解いてみたが、やっぱこっちだと目立つか」と苦笑する。


 熊でも充分目立っているだろうと、突っ込みたくなるのをエストはすんででこらえた。


「それで俺を知ってるアンタは? アンタみたいな美人さんに逢った覚えは……」そう言いかけ、「まてよ……あれから二十年近くってことは」


 酔いが醒めたような真顔で視線を向けてくるガルドに、エストは貴族らしい礼を取りつつ、名乗る。


「エスタリア辺境伯が『嫡男』、エスティマ・エスタリア。幼い頃に何度かお会いしただけですが、よく覚えております」


「なるほど、道理で『奥方様』の面影がある。父親に似なくてよかったというべきか」心地よい軽い口に懐かしさを感じつつ、それを呆れた表情で見ていたもうひとりをエストは思い浮かべる。


 冒険者時代のガルドがパートナーとして組んでいた、もう一人の上級冒険者。「月影のオボロ」と呼ばれていた彼は、エストの剣術の師匠であり、また父である「エスタリア辺境伯」の腹心でもあったのだ。


「せっかくだ、とりあえず一杯付き合え。呑めるんだろ?」

「まあ、嗜み程度ですが」

「あと鎧も外しとけ、窮屈だろうに」


 言われるままに軽鎧を外し、軍服風のチュニックだけになった上半身は、やや華奢なイメージがあるものの、しっかりと筋肉がついていることが分かる、鍛え上げられた戦士の身体だ。


(「僕」としては、すぐに宿に戻るつもりだったが、少し付き合ったほうがいいのだろうな)


 ミナは、エストにも泊っていくよう勧めたが、定宿があるからと断ったのだ。

 開いてるのはミナのベッドだと聞けばなおさらで、かといってガルドと一緒では家庭崩壊の危機を招きかねない。


 客間に置かれた「熊さん用」の大きく硬いソファベッドに腰掛けて、エスティマは盃を傾ける。

 琥珀の液体を嚥下すれば、あまり目立たないものの喉ぼとけが上下するのが分かる。


 一気に飲み干そうと思ったものの、思いほか強めだった。吐息交じりに杯を降ろし、チェサーを入れつつ、ちびちびを舐めるように呑みはじめる。

 白い肌がほんのり色づく様が妙に艶めかしく、ほんとに男なのか疑いそうになるほど。

 思わず息をのむガルドからの視線に、「氷の貴公子」の名に恥じない冷徹な視線を投げつける。


「ミナさんにいいつけますよ」

「いやいやいや! そういうのじゃないから、絶対ないから! だからミナに言いつけるのは止めて!」


 この手の視線には慣れていることもあり、あしらい方も様になったものである。


「ただ、奥方様が元気だったら、こんな感じなのかねえってな」


 言い訳じみた言葉だが、エスト自身も思うところはあった。

 何しろこの姿は、エストの記憶にある、母の姿を模したものなのだから。


 そんなエストの母はまさに深層の令嬢というイメージで、趣味も読書というインドア派。

 元から虚弱気味ではあったが、エストを産んで彼が物心がついたころから、床に臥せがちになった。

 眠りの時間がだんだんと長くなり、エストが成人(18歳)する数年前にはずっと眠ったままになってしまう。医者や治癒術士も手配したが、原因は不明。辺境伯は、病気以外の可能性を疑い、著名な上位冒険者である「月影のオボロ」に調査を依頼したところ、呪術の類だろうとの報告を得る。

 これが、隣国の政変に関わる可能性が高く、辺境伯自身の動きを制限するためだと推測。しかし、まだ幼い「息子」を心配させまいと真実は黙っていた。そのことが、エストにとって父への不信感を募らせることになる。そして父の反対を振り切って、冒険者として旅に出る決意に繋がった。


 そしてエストが女装して国を出るのは、追手として来るであろうオボロを牽制するためでもあった。女装用の衣装は、母が懇意にしていた領主街の店で揃える。女顔でかわいらしいエストに似合うからと、母の趣味でエスティマのための女装服も作っていた店で、母と同年代の女性店主はそのあたりの融通が利くツーカーの仲でもある。

 女剣士に見えるであろう衣装を用意し、店の裏口から逃がすなど、冒険小説さながらのことをしたのも、エストの母同様冒険小説が愛読書だったこともあるのだろう。

 そうして他の店で装備を整え、何喰わぬ顔で街を出たところでオボロが待ち伏せていた。ずっと鍛えてきたとはいえ、凄腕の忍者であるオボロに勝てるはずもない。すぐさま「自作の煙玉(幼いころオボロに教わった忍具のひとつ)」を使って逃走を選択する。

 しびれ薬まで混ぜるという念の入れようだが、もちろんオボロには効かない。しかし、オボロは追撃には来なかった。


「やはり、見逃されたのでしょうね」

「なるほど。俺がエスタリアを去った後に、そんなことがな」


 エストの独白を聞いて、ガルドは感慨深げにそう漏らす。

 何の因果か、こうして再会することになった旧知のふたり。ガルドに付き合って酒も入り、なつかしさもあったがずいぶんと口が軽くなったものだと自嘲する。情報管理には人一倍気をつかっていた、師匠の呆れ顔が眼に浮かぶようだ。


「それで、葉月ちゃんにはそのことは? あの様子じゃ、お前を完全に女だと思っているようだが」


 胡乱げな視線を送ってくるガルドの言葉に、思わず咽る。


「……言うタイミングを逃していまして。そのままずるずると。冒険者として名が売れて来た今、この変装を辞めるわけにもいきませんし」

「あの堅物の息子でオボロの弟子なら、軽率な行動はしないだろうとは信頼はするが」

「むしろ彼女が軽率な行動をしないかと心配になります」

「心配性は父親譲りってことかね」


 その言葉で、エストの表情に陰りが見えたのを、ガルドは見逃さなかった。


「親父さんの事、まだ恨んでいるのか? 俺はオボロと違って政治は苦手だが、きっと理由があるんだとは思うぜ」


 娘とのわだかまりも解け、心から安堵しているであろう目の前の父親の姿に、故郷の父の姿を重ねる。


「きっと、そうなのでしょうね。あの時の『僕』は、軽率だったと思っています」

「それが分かった分だけ、お前さんの旅は無駄じゃあなかったってことさ」


 相変わらずの大雑把だが前向きな考え方に、エストの心の重荷が少しだけ軽くなったように感じる。

 そんな感じで、虎になった熊にしばし付き合ったが、もともとミナからは、ガルドが深酒にならないよう様子見を頼まれていただけなのだ。

 それで長居しすぎては、やはり家庭崩壊の危機である。

 なにより明日は、依頼完了報告のためギルドに向かわなければならないし、見届け人としての報告書も書かなければならない。

 酒の礼を言って席を立つと、エストは再び軽鎧を身にまとって客間を出ていく。


 エストが宿へと戻るのを窓越しに見送ってから、ひとり晩酌の続きを楽しむガルド。ふと何かを思いついて手を止める。


「……そういや、エストは葉月ちゃんがオボロの娘だって、気づいてるのか? あの親子、肝心なところで一言足りないところがあるからなあ」


 そうして、窓の外に見える真ん丸のお月様を見上げ、笑みを浮かべる。


「ま、今は知らんほうがいいだろ。お互い変に気を遣われても、窮屈だろうしなあ」

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