【短編/1話完結】祝うことは誰のため?
茉莉多 真遊人
本編
とある寒い日の夜。
駅前の居酒屋に歳の近い2人の男が入った。軽い挨拶をしてくる店員に4人席へ通された2人は、座る前にビールといくつかのスピードメニューを頼む。
しばらくして頼んでいたビールとお通しが来たため、2人はビールジョッキを片手に目を合わせた。
「乾杯!」
「乾杯!」
ガチンという鈍い乾杯の音が鳴った後、2人ともまずは1/3ほど飲む。その後、申し合わせたように2人ともビールジョッキを手から離して、続けて2人とも持つものを割り箸に替えてお通しをつつき始める。
何度も飲んでいるからこその息の合った所作だった。
「来期の昇進決定おめでとうな」
「先輩、ありがとうございます!」
先輩と呼ばれた男は、後輩の昇進が決まってこの宴席を催していた。
後輩の嬉しそうな顔につられて、先輩の顔も目を細めて微笑んでいる。
「よくがんばったな」
先輩の労いの言葉に、後輩は同意するように首を赤べこのように何度も振っていた。
「ちょっと同期から出遅れましたけど、ようやく認めてもらえたって感じですね」
「まあ、そういうのは時機というか時の運というかがあるからな」
不満げな後輩の物言いに、先輩は肯定も否定もせずにさらっと流そうとする。
しかし、後輩は納得がいっていないようで、眉間にシワを寄せたままビールを再び口にしていた。
「はあ、そういうのちょっと納得できないですけど、まあ、よかった、よかった」
「まったく」
昇進が遅かったのはそういうとこだぞ、と言いたげな表情で、ただ祝いの席でくどくど言うわけにもいかなかったのか、先輩がその表情をビールと一緒に胃の中へと流し込んでいた。
その後、頼んでいたスピードメニュー料理の数々が次々に届き、テーブルの上は祝いの席に相応しい賑やかさを出し始める。
「来た来た、梅水晶、うずらどんぐり、たこわさ、ガツ刺し、枝豆……やっぱり、ビールに枝豆だよな……これがないと飲み会は始まらないと言うか……それにしても、どうして先輩は俺を祝ってくれるんですか?」
「んっ、げほっ……いや、落差よ。さっきまで、ビールと枝豆の話をしていなかったか? と言うか、急にどうした、藪から棒に」
ようやく普通の雑談で飲めると思った先輩は、後輩の不思議そうな様子と言葉に、困惑した表情を隠せなかった。
「いやね、まあ、先輩には仲良くしてもらってはいますけど、ほら、部署は違うわけだし、正直、先輩の仕事に関わることもないし、どうしてかなって」
後輩は全ての料理の半分を自分の小皿に移しきった後に、全部を先輩の方へと寄せていく。
そのときに出てきた後輩の言葉に、先輩はフッと笑った。
「あのなあ……仲良くしているって答えが出ているだろ。そういうのは、相手を祝いたい気持ちが自ずと出るもんだよ。そういうことあるだろ?」
先輩の言葉に、後輩は納得がいっていないようだった。
「えー?」
「いや、『えー?』ってなんだよ。そこは同意してくれよ。祝いたい気持ちだよ」
後輩はうずらどんぐりを1つ口の中に放り込む。
「そんなもんですかね? やっぱり、自分に直接関係ないじゃないですか。だって、メリットなくないですか? 自分で言うのもなんですけど」
もはや考え方の違いじゃないか、と先輩は次の言葉を考えあぐねていたが、ようやくピンと来たようで後輩の方に視線を戻した。
「メリットか……まあ、それは打算的すぎる気もするが。メリットね……そうだな。私の場合に限れば、誰かを祝うのは自分のためでもあるかな」
先輩はその言葉を口にしながらも、視線を外すためにガツ刺しをつまもうとする。
「自分のため?」
後輩が露骨に首を傾げて、まるで首が壊れた人形のようになっている。
再び先輩が視線を戻す。
「まあ、それだとさっきと言っていることがあまり変わらないか。そうだな、言い換えるなら、自分がどういう状態か知るため、の方がより正確かもしれないな」
「自分がどういう状態か?」
後輩は梅水晶を途中で口に入れつつも、やはり首を傾げ続けたままだった。さらには、訝し気な目で先輩のことを見始めている。
「たとえばだけどな、疲れて体力がなかったり、精神的に余裕がなかったり、そうじゃなくてもモヤっとしていることがあったりすると中々祝えないじゃないか」
「まあ、そうですね。そういうのって、祝える気持ちになりませんね」
先輩の丁寧な説明によって、後輩がようやく理解と関心を示してくる。
先輩はここぞとばかりに次の言葉へと繋げようと口を開いた。
「だから、私は誰かを祝えるってことが、自分の気持ちとかに余裕がある良い状態ってことなのかなって思うよ。たとえ、苦手な相手でも良いことがあったなら、それを祝うくらいの気持ちを持ちたいね」
「だから、先輩といると居心地がいい感じするんですかね。ちなみに、なんかそういうことあったんですか?」
後輩の問いに、先輩は最初に苦笑いを返した。
「んー……まあな。なんか誰かを妬んだりそれで自分が腐ったりしているときって、仕事にも影響があるっていうか、周りにも悪い影響を与えちゃうというか、なんか自分がいろいろと嫌になるときがあるんだよな。だから、私はそういうのはしたくないって思って、自分のためにも周りの誰かを祝っている、祝う気持ちを持とうとしている……感じかな」
話していて気分が良くなりつつも恥ずかしくなった先輩は、残ったビールを一気に飲み干して話を一度無理やり切った。
先輩の空のジョッキがゆっくりと下ろされて、後輩がチラッとそれを見る。
「なんだか大人ですね……俺なんか同期が先に昇進したとき、『祝う』じゃなくて『呪う』をしましたから。今でもたまに、俺より早く昇進しやがってとか、腹の中で思いながらその同期と話していますけど。祝う気持ち、これっぽっちもないですね」
後輩が笑い話とばかりにそう話を切り返し、その後ケタケタと笑ってビールを飲み干した。
「おいおい……さすがに人としてそれは——」
「あ、先輩」
「なんだ?」
言葉を遮られた先輩は特に怒る様子もなく、メニューを取り出して見始める後輩の出方を待っていた。
「この厚切りステーキも追加で頼んでいいですかね? さっき結構頼んじゃいましたけど、これも食べられますかね? あと追加のお酒も頼みますよね」
先輩はズルっとズッコケるような仕草をしてから、頬杖をつきながら小さく縦に頷いた。
「まあ、何を頼むのもいいけど、私の想定予算を超過したら、超過分の半分は割り勘で支払ってもらうからな」
「うっ……上限アリですか。俺の祝賀会なのに」
全額奢られる気満々だった後輩はその言葉に思わず自分のカバン、財布のあるであろう場所を注視した。
「祝賀会でも限度があるに決まっているだろうが……超過しても超過分だけを割り勘するだけマシと思ってくれよ……」
その後、なんだかんだで先輩の予算内に収まった小さな祝賀会はゆっくりと幕を閉じるのであった。
【短編/1話完結】祝うことは誰のため? 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita
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