第24話

王城の謁見の間。


そこは、国で最も格式高く、そして――ルシアンにとって「最も酸素濃度が低く、騒音が反響する」地獄のような場所だった。


「……帰りたい」


ルシアンは、深紅の絨毯の上で跪きながら、心の底から願った。


隣には、正装(黒の礼服)に身を包んだキースがいる。


彼もまた、いつもの覇気がない。


『影の英雄』としての威圧感は消え失せ、代わりに「早く帰ってパンの発酵を見たい」という虚無感を全身から漂わせている。


「面を上げよ」


玉座から、よく響く声が降り注いだ。


ルシアンたちが顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべた国王フリードリヒがいた。


「いやあ、待っていたぞキース! そして噂の『沈黙の令嬢』ルシアン嬢! まさかこの堅物のキースが、自分から『結婚したい女がいる』と報告に来るとはな! 余は感動したぞ!」


国王の声が大きい。


ルシアンは眉をひそめないように必死でポーカーフェイスを維持した。


(この国の上層部は、なぜこうも声帯が無駄に頑丈なのかしら)


キースが短く答える。


「……陛下。……用件は手紙で伝えた通りだ。……許可を」


「まあ待て。そう急ぐな」


国王はニヤニヤしながら二人を見比べた。


「しかし、面白い組み合わせだ。片や『歩く要塞』と呼ばれる無口な騎士団長。片や『氷の悪役令嬢』と呼ばれる引きこもり令嬢。……混ぜるな危険、というやつではないか?」


「……相性は抜群だ」


キースが即答する。


「……俺たちは、静寂という絆で結ばれている」


「ほう? 静寂とな?」


国王は身を乗り出した。


「だがな、キースよ。世間はそうは見ておらんぞ。お前たちの森は今や『魔王と魔女の棲家』として恐れられている。このままでは、国の治安に関わる」


「……誰のせいだと思っている」


キースが低い声で唸る。


暗に「お前の息子のせいだ」と言っているのだが、国王はスルーした。


「そこでだ。余としては、この結婚を大いに歓迎する。公爵家と辺境伯家の結びつきは、国の守りを盤石にするからな。……だが、条件がある」


「……条件?」


嫌な予感がした。


国王はパンと手を叩いた。


「盛大な結婚式を挙げよ」


「……断る」


「無理です」


ルシアンとキースの声が重なった。


「即答か! 仲が良いな!」


「陛下」


ルシアンが進言した。


「私たちは、静かに暮らしたいのです。派手な式など、拷問以外の何物でもありません。書類一枚の提出で済ませてください」


「……同感だ。……式などやったら、招待客を全員威圧して気絶させる自信がある」


「物騒なことを言うな!」


国王は苦笑しつつ、真剣な表情になった。


「だがな、これは政治的なパフォーマンスとして必要なのだ。アランの婚約破棄騒動、ガルシア伯爵のセクハラ事件、そして聖女メロディの暴走……。これら全ての不始末を清算し、『全ては真実の愛のためだった』という美談に書き換えるには、ド派手な結婚式しかないのだよ」


「……アランの尻拭いを、なぜ俺たちが?」


「親の心子知らず、子の心親知らずと言うだろう? ……頼むよ、キース。これでお前が辺境に引っ込めば、アランも諦めてミナと大人しく結婚するだろうし、公爵も文句は言えん」


国王はチラリと、柱の陰に控えていたアラン王子(ミナに捕獲されて以来、やつれている)を見た。


アランは涙目でコクコクと頷いている。


『頼む……結婚してくれ……そうすれば私は自由になれる(かもしれない)……』


ルシアンは溜息をついた。


(……結局、周りの騒音を黙らせるには、私たちが『騒音』の中心になって爆発するしかない、ということ?)


キースを見る。


彼は「殺してでも断る」という目をしていたが、国王の次の言葉で固まった。


「もし式を挙げるなら、祝いとして……辺境領の『北の山脈』の所有権を、完全にキース個人に譲渡しよう。税も免除だ」


ピクッ。


キースの耳が動いた。


北の山脈。


そこは人跡未踏の地。つまり、究極の『静寂地帯』だ。


「……全域か?」


「ああ、全域だ。好きにしていい。なんなら国から独立した『沈黙特区』にしてもいいぞ」


「……乗った」


「ちょ、キースさん!?」


ルシアンは慌てて彼の袖を引いた。


「買収されていますよ! 結婚式ですよ? あの、人が沢山いて、注目されて、誓いのキスとかさせられる、あの儀式ですよ!?」


「……我慢しろ、ルシアン」


キースは悲壮な覚悟で言った。


「……たった数時間の苦行で、一生の静寂(山脈)が手に入る。……コストパフォーマンスは最高だ」


「貴方はいいかもしれませんけど、私はドレスを着て見世物になるのですよ!?」


「……俺が守る。……視線は全て、俺が殺気で遮断する」


「遮断したら式になりません!」


二人が揉めていると、国王が高らかに宣言した。


「よし、交渉成立だ! 式は一週間後! 国を挙げての祝日とする! パレードもやるぞ! 紙吹雪も撒くぞ!」


「パレード……(白目)」


ルシアンの意識が飛びかけた。


「さあ、忙しくなるぞ! 衣装合わせだ! 招待状の発送だ! キース、お前はスピーチの練習をしておけよ!」


「……『誓います』以外、喋る気はない」


「はっはっは! 照れるな照れるな!」


国王の笑い声が、謁見の間に木霊する。


ルシアンは天井を見上げた。


(……逃げたい)


ここに来て、最大の試練が訪れた。


アランやミナなど可愛く見えるほどの、国家規模の『騒音イベント』。


ルシアンの手が、キースの手を強く握った。


キースも握り返す。


言葉はなかったが、二人の意思は完全に通じ合っていた。


『……裏切らないわよね?』


『……任せろ』


だが、この時の「任せろ」の意味を、ルシアンは少し勘違いしていたかもしれない。


キースの言う「任せろ」は、「式を無事に成功させる」ことではなく、「式そのものを物理的にブチ壊してでも、お前を守る」という意味だったのだから。


こうして、伝説の『ボイコット結婚式』へのカウントダウンが始まった。

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