第15話

 結果は銀賞。銀賞の中でも一番で、金賞の下の団体と比べても四ポイントしか変わらなかった。あと少し、あともう少しだけ手を伸ばせば県大会の切符をつかめたのに。でも不思議と悔しさはあまりなくて、むしろ満足感が部員全員に広がってていた。


「楽しかったね。とりあえず講評共有しようか」


 音楽室に戻ってきて、先生がそう言って、審査員から受けた講評を読み上げていく。


「すごい、全体で二位の点数付けてくれてる人もいるよ。細かいディティールがしっかりしていました、だって。パーカス、リズム正確でした」


 誉め言葉に喜び、指摘になるほどとうなずく。


「各ソロがしっかりと主張しながら全体をまとめ上げていました」


 ソロが褒められて、なんだか恥ずかしくてかーっと顔が熱くなる。気づいたら全てが終わってしまっていて、自分がどれくらい吹けていたのかあまり覚えていない。失敗したら覚えているだろうから大きいミスはなかったと思うのだけど。


「こんなところかな。本当にいい演奏だった。最後にこの三十一人でコンクールの舞台に立ててうれしかったです。あと四点ならダメ金でもいいから金ほしかったね」


 先生の言葉に、さっきまではなかった後悔がこみあげてくる。県大会に進めればもう一度先生と練習ができて、舞台にも立てたのに。私もまだマードックを吹きたかった。


 すすり泣く声が聞こえてくる。かくいう私も涙が止まらなくて、乱暴に目をぬぐった。先生も気丈にふるまってはいるけれど、金が欲しかった、ということはやはりちょっとの悔しさはあるのだろう。私としては金でも県大会に行けない……ダメ金よりは、今の銀賞の方が割り切れる気がするけど。


「今日はみんな疲れてるだろうから、十分後には完全下校で。話したりないことは明後日の片付け日にね」





 片付け日。片付けと言っても、楽器のメンテナンスと音楽室の簡単なお掃除くらい。私たち三年生にとっては、部活最後の日という意味合いが強い。


 三年間お世話になった楽器を丁寧に綿棒とクロスで磨いていく。金属と木の隙間を綿棒でぐりぐりするだけで結構な汚れが取れるから気持ちがいい作業。


 金管楽器は洗えるから水道で管内を洗っているけど、毎回ヘドロが出るというから恐ろしい。木管楽器の管内はいつもの唾をふき取る作業でしか掃除できないから、中も丸洗いできるのは少しうらやましいけど。


「楽器触るの今日で最後かー」


 私の独り言に、しぐれがふふっと笑う。


「大学とかで続けないの?」


「んー自分の楽器持ってたらやってたんだろうけどね。中高で燃え尽きたしいいかなとも思っちゃう」


 その点しぐれは自分の楽器持ってるし大学でもがんばるのかな。


「じゃあ私と一緒か」


「え、やめるの⁉」


 輪になって楽器の手入れをしていた後輩たちも一斉にしぐれを見て、逆にしぐれが驚いたようにのけぞった。


「妹も中学でクラやってるから引退したら譲る約束なんだよね。結愛が言ってるみたいに今までで十分やりきったから」


 そう言われてしまうと納得するしかない。もったいない、なんて私たちが思っても口を出せることではないし。


「てかそもそも大学行けるのかな。勉強してない」


 全くもってその通りで、苦笑いした。コンクールがあるから、と逃げていた受験勉強にこれから向き合わないといけないと思うと気が重い。思わずため息をつくと、しぐれににらまれた。


「結愛勉強できるじゃん。行こうと思えばそれなりのところ受かるでしょ」


 確かにしぐれよりは、だけど模試の判定は散々だ。お母さんからもコンクール終わったら勉強するようにきつく言いつけられているし、今までが楽しくて充実していた分これからのことを思うと少し気がなえてしまう。


「先輩方どこを目指してるんですか?」


 完全には決められてないけど、と候補をいくつか挙げる。明確にやりたいことがあるわけではないから歴史が好き、という理由で歴史学部を中心に受ける予定。文学部もいいなとは思うけど。


「私は商学部。将来使えそうだし」


 しぐれも不安を口にしてはいるものの根はしっかり者だから、なんだかんだ考えてはいるんだろう。


「勉強しなきゃいけないのか……」


「お互いがんばろう」


 ひたすら磨いたことで黒光りしているベルを戻す。全体を磨き終わって、指紋一つない状態でケースに収まった楽器を見て猛烈に吹きたくなってくる。きれいになるとモチベが上がるのだけど、今日のメンテナンスは今後のためではなく今までの感謝を込めたもの。来年から新入生に使ってもらうときにやる気に繋がってくれたらうれしいから、今後のためでもあるのか。


 楽器と音楽室の掃除を終えて、舞衣ちゃんが先生を呼びに行く。その間にロッカーに隠していた花束を持ち、三年生全員で入口の目の前で待ち構えた。


 舞衣ちゃんが小走りで階段を上がってきて、急いで真ん中に入り込み花束を受け取る。遅れて踊り場を曲がってきた先生は、入り口で待つ私たちを見て階段を上りかけていた足を止めた。


「とりあえずこちらまで!」


 舞衣ちゃんの言葉に、困惑しながらもうれしそうに笑いながらゆっくりと私たちの前まで来てくれた。少し涙ぐんでいて、私たちまでもらい泣きしそうになる。たった一言を伝えるだけなのにな。


「先生、今まで本当にお世話になりました。先生から妊娠と退任の話を聞いたときはびっくりして信じられませんでしたが、今では先生の最後のコンクールが私たちの代でできたことがとてもうれしいです。本当にありがとうございました!」


 今までの感謝を込めて、叫ぶように。


「ありがとうございました!」

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