第14話

 靴を脱いでリハ室に入り、扉が閉まった瞬間に音出しが開始される。うん、リードはこのままでよさそう。一オクターブだけロングトーンして、飛躍も練習しておく。その間に音の音程を見ていって、どの管のつなぎ目をどれだけ抜くか考えていく。ある程度合わせてあとは合奏しながらやることにしてクラのサポートをしてくれる恵菜ちゃんに声をかける。


「ごめん、パートでチューニングするからチューナー持ってもらえる?」


「はい!」


 それを聞いていたのかパートの子たちも何も言わずに近寄ってきてくれて、とりあえず全員で「ドソレシド」とチューニングを確認。そのあとに一人ずつ調整してから全員で合わせている最中に、先生が手を叩いた。合奏開始の合図。


「力まずいつも通りでいいからね。チューニングしていきます」


 タイムキーパーが出すあと何分の紙を見ながら、本番前最後の合奏が進んでいく。リハ室ではほとんど時間いっぱい基礎合奏。小ホールでの曲練習はなにか調整を加えるのではなく、「一発本番」にならないようにしよう、といった意味合いの方が大きい。もちろん細かい指示は出るのだけど、今まで言われてきたことの確認のようなものだ。


 ところどころ止めながら通し終わって、先生が満足げにうなずく。時間はあと一分もない。


「みんなのマードックを精一杯演奏しようね」


「はい!」


 示し合わせたように、八分に設定していたタイマーが鳴った。


「時間です!」


 案内役の人の言葉に続くように、先生が行こう、と私たちに声をかける。次に楽器を吹く時がコンクールの本番。入場順の関係で最後尾に並びながら、少しだけそれを受け入れたくない気持ちに蓋をした。


 偶然にも前の団体もマードックと同じ作曲家である樽屋雅徳(たるやまさのり)さんの曲で、舞台裏で静かに待ちながらみんな驚きで顔を見合わせてしまう。


 先生確か二団体連続で同じ曲だったことがあると言っていたし、そういう偶然ってあるものなんだな。樽屋さんは毎年結構な団体が吹いているだろうから、そこまで珍しいことではないのかも。たぶんそれはみんなわかるだろうけどまさか当事者になるなんて、といった感じかな。


 マードックとは違って和風の曲。それでも盛り上がり方や展開は同じ作曲家であることをうかがわせる。連符がかっちりはまっていて純粋にすごいな、なんて思いつつ、前の団体を聴く余裕があることに安堵していた。


 あ、そういえばこの曲にもクラのソロあるのか。伸びのあるきれいな音。前後なんだから比べられてしまうかもしれない。


 演奏が終わって拍手が送られている中、ふいにしぐれが私の方に振り返った。


「ソロ、結愛の方がうまいね」


 返答も待たずに再び前を向いてしまう。私の考えてたこと見透かしてたのだろうか。嘘でもお世辞でもなさそうな言葉に、緊張も恐れもどこかへ行ってしまった。


 舞台に出る前に、最後に舞台に向かう先生とハイタッチ。舞台は去年と同じように、まぶしいくらいの照明が当てられていて暑いほどだ。練習通りに椅子と譜面台を調節して、パートで合わせて席に座る。


 全員の着席を確認して、先生が客席の方へ向いた。


『エントリーナンバー……』


 マードックの気持ちを、船内の様子を、私たちなりの解釈で音にして届ける。穏やかな夜明け前は優しく、にぎやかな船内は楽しそうに。そうして夜が更けていき、フルートからソロが受け継がれていく。船内で起こったいろんなことを手紙に順番に書き記すようにソロが渡される。



私の航海はとても楽しくてかけがえのない思い出になりそうだけれど、やはりふいにあなたを想ってさみしさを感じるのです。今、なにをしているのだろう。そちらは、元気にやっていますか――。



 私はマードックのような強い責任感は持ち合わせていない。きっと乗っている船が沈没するとなったら真っ先に逃げ出してしまう。それでも、大切な人を想う気持ちは私も持っている。


 拍手に包まれていて、あっという間の七分間が終わってしまったことに気づく。なにもかもが必死だったけれど、ホール中に私たちの音が響き渡ったことだけは確かだった。


 本当に楽しくて、指揮をしている先生も楽しそうで。夢中で演奏している間に最後の音まで吹き切ってしまった。


 舞台の上手まではけると、聴いていたサポートメンバーたちが静かな拍手で迎えてくれる。そこでようやく実感がわいてきて、はーっと長い息を吐いた。声が出せるところまで戻ってきて、前を歩くしぐれに声をかける。


「なんか、最高だった気がする」


「うん、完璧だった」


 想像以上に泣きそうで情けない声を出してしまったのだけど、しぐれも似たような声で二人して笑ってしまった。

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