第5話

 舞衣ちゃんが職員室に入って先生を呼び出す。険しい表情で出てきた先生だったが、三年生が全員いるのを見てあら、と表情が和らいだ。


「全員で来たの」


 舞衣ちゃんが頭を下げたのにみんなも続く。


「雰囲気を悪くして申し訳ありませんでした」


「合奏やらせてください」


 さなと舞衣ちゃんの言葉に、先生は少し悩む様子を見せてからじゃあ、と突拍子もない提案をしてきた。


「みんなで歌おうか」


「歌?」


「そう。だって、みんなを一つにしたいなら楽器みたいな間接的なものを使うよりも歌で直接表現する方がいいでしょう? さ、音楽室に戻りましょう」


 音楽室に入って先生が椅子などを端に寄せて、真ん中にスペースを作るように指示を出す。言われるがまま真ん中で輪を作り、手をつないだ。


「マードックを最初から最後まで歌で通してみて。ドレミでいいから。パーカスは座ってスティックだけ持ってきて床でリズムを刻んで」


 みんなと同じように手をつないでいたパーカッションの人たちが、慌ただしくスティックを取りに行く。


「なにも合図は出さないから、アイコンタクトと手の上下とか呼吸で合わせて。歌で合わないところは楽器でも合わないよ」


「はい!」


 低音群が呼吸と腕の振りを合わせて最初の和音を歌う。パート内やサックス、ホルンの人たちとアイコンタクトして、メロディを歌いだした。


 いつもの合奏では見えない音の移り変わり。メロディが木管楽器から金管楽器に渡してまた返ってくる。全員の音がそろうところで一斉に手が上下。ああ、あの楽器とも動きが同じだったと気づかされる。


 最初はさっきまでの雰囲気を引きずっていたり困惑して戸惑ったりしていた子も、少しずつ顔がほぐれていく。


 激しい動きのあとのロングトーン、ユニゾンがピタッとそろった心地良さに、鳥肌が立つ。音が揃うってこんなに気持ちのいいものだったんだ。


 最後の音を歌いきって、静寂を破ったのは先生の拍手だった。


「じゃあ楽器持ってきて、円のまま通してみよっか」


 楽器を手に取って、再び円になる。重いチューバなどの楽器は椅子を持ってきて、パーカッションはさすがに動かさずに合奏の位置に立った。


「またみんなだけで吹いてみてね」


 歌のときと同じように、今度は最初からノリノリで。いつもは前で吹いているから見えないみんなの演奏姿。なんだか新鮮で、トロンボーンの腕の動き大変そうだななんて思いながら音を紡いでいく。やっぱり指揮がないとそろわないところもあったけれど、この三十人で演奏しているんだと改めて意識した。


 初めての指揮なしでの演奏を終えると、先生は満足そうに指揮台に上った。


「椅子と譜面台を戻して、今のを忘れないうちに通そう」


 円のときにも一体感は感じていたけれど、それ以上に、今までで最も音が一つになった合奏。同じ音を吹く人、かけあいになる人、メロディを渡す人。顔は見えなくなっても、意識がその人たちに向くだけで音が繋がっていく。


「うん。今までで一番いい合奏だったと思うよ。今日はもう通さないから、まだ練習したい人は十四時まで。疲れたと思うから無理せず休みな」


 さっき合奏の終了を告げたときとは対照的に優しい声で言って、立ち上がる。


「そりゃあ何日も練習していたらもめることもあると思うけど。それもコンクールだし、何年かあとにみんなでお酒飲むときに話題にあがって、笑い合えるのは今日みたいな日だと思うよ。全員がコンクールをがんばりたいと思っていないと衝突なんてしないからね。だから今年はきっといい年になる。半日休むことに引け目を感じる人もいるかもしれないけど、大丈夫。たぶん今の合奏以上のものは今日はもうできないから。舞衣ちゃん、最後なんかある?」


「あ、はい」


 少し戸惑いながら前に出てきて、形式的に連絡事項の確認などを行う。


「えっと……今日はみんないろいろ思うことがあると思うんですけど……」


 珍しく歯切れの悪い言葉。


「でも、今の演奏は間違いなく今までで一番いいものだったし、これからもがんばろうって私は思えました。やる気を折ってしまった私が言えることじゃないと思うんですけど、あと少し、みんなでがんばりましょう」


 それに対するみんなの返事は、心なしかいつもより大きく感じた。

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