第4話
「おはようございます」
舞衣ちゃんがてきぱきと先生から聞いた今日の練習予定を全体に伝える。十時までパートごとにわかれて基礎練と曲で気になるところの確認。そのあとは合奏で、必要があれば分奏……。簡単にノートにメモって、パート練習から合奏で移動する時間だけしっかり記しておく。
「人がいないパートありますか?」
「沙奈絵先輩がいません」
トロンボーンの二年生の綾香ちゃんの言葉に、舞衣ちゃんが眉を顰める。
「なにか聞いてる?」
綾香ちゃんやさなと仲のいい同級生たちも首を横に振って、舞衣ちゃんは大きくため息をついた。
「わかった、私から聞いてみる」
その声のトーンがあまりにも低くて、音楽室内の気温が下がったかのように雰囲気が凍りつく。さなはもともと朝が弱いから、いつも眠そうだしときどき寝坊もしていたけど……。
「ボーンは今三年生いないからパート練習はユーフォと一緒にやって。じゃあ解散」
全員無言のまま移動し、教室の机をいつものように動かして、二十分後からパート練習を開始する指示を出す。
「やってらんないね」
ブレス練を終わらせて楽器を組み立てていると、しぐれが隣で呟いた。
「パートリーダーの自覚あんのかな、さな」
「まあまあ……怒ってても練習に身が入らないだけだよ」
苦笑いしてなだめようとしても、あまり聞き入れる様子はない。
「変にこじれないといいけど」
毎年誰かが練習をしてないだとか無断欠席だとかでピリピリするものだが、今回は舞衣ちゃんの様子からしていつ爆発してもおかしくないように見える。しぐれの言う通り、パートリーダーの三年生がというのが原因なのだろうけれど。
「みんなで楽しくできればいいのにねー……」
「結愛のその楽観主義、ときどきうらやましいよ」
そう? と笑いかけると、そうだよ、とようやく笑ってくれた。
「じゃ、どうにかなれーって思って考えるのやめて練習しよ、れんしゅ」
私たちの隣でまじめに練習していた花凛ちゃんにも聞こえていたのか、ロングトーンの途中にリードミスで音がひっくり返った。
「すみません、なんかおもしろくて」
「いいよいいよ、こいつが邪魔してごめんね」
「話しかけてきたのはしぐれじゃん」
軽口をたたき合って、ひとしきり笑ってからようやく楽器に口をつける。どんよりしていた空気は少し良くなったけれど、二十分あったはずの個人練習は十五分に減ってしまっていた。
美しく静かな夜から、激しいカウベルの警戒音が雰囲気を一変。上昇連符からのクレッシェンドを引き継ぐように、金管楽器中心に氷山にぶつかってしまったタイタニック号の船内を表現している。その大音量に負けないようにと先生がバチで譜面台をたたいて、演奏が止められる。
「もっと大胆に吹いていいよ! ガンガン鳴らして、パーカスも」
「はい!」
心なしか合奏にも緊張感が張り詰める。しかし、先生からの指示を遮るように後方にある扉が開いた。
「遅れてすみません……」
姿を見せたさなに、舞衣ちゃんがはじかれるように立ち上がる。
「なんで遅くなったの?」
「えっと……」
「なんで?」
強い口調で促されて、うつむきながら寝坊しましたと呟いた。その態度がさらに気に障ったのか、無言のまま怒りを強めているように見える。
「……さなはさ、自分の立場わかってんの」
「ごめんなさい」
空気が悪い。私自身が怒られているわけではないのに、この場から逃げ出したくなる。
「三年生、しかもパートリーダーだよね。コンクールまであと二十日もないんだよ。トロンボーンの子たちもかわいそうだし、私たちも一人の行動でやる気が狂わされるの。それが部を引っ張ってる人ならなおさら!」
舞衣ちゃんの怒りはよくわかる。彼女自身が部長である責任感とか使命感の塊のような人だから、責任のある人が自覚のない行動をとるのがそう簡単に許せないのだろう。わかるのだけど、合奏を止めてまで追及するのはどうなのだろう。
みんなの前でつるし上げるようなことはしないで、あとで個人的に注意してくれた方が私としてはやる気を保てるんだけどな……。
「……今日合奏止めようか」
ずっと黙っていた先生がそう言って立ち上がる。
「今続けてもよくなんてならないでしょう? 完全下校十一時半ね」
それだけ言い残してすたすたと音楽室を出て行ってしまい、音楽室が静寂に包まれた。
「……ごめん、空気悪くして」
「私も、ごめんなさい」
先生の言葉で舞衣ちゃんが冷静さを取り戻し、さなも小さく震えた声で謝る。
誰かがいいよ、と優しく許しの言葉を口にして、私を含めた何人かがうなずく。
「先生に謝りに行ってきます。みんなは練習してて」
舞衣ちゃんが口早に指示を出して音楽室を出ようとすると、さなもその後を追った。それを見て、しぐれが待って、と珍しく大きな声をあげた。
「私も行く。二人のこと、止められたのにできなかったのも悪いから……」
しぐれらしい言葉に、何人かの三年生が私もと立ち上がる。最終的に三年生全員が立ち上がって、一人で行く様子だった舞衣ちゃんは拍子抜けした様子だったけれど、根負けしたのか笑ってうなずいた。
「ありがとう。じゃあみんなで行こ」
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