第15話 MYRM
チャンミへの報告を済ませた後も、舞香は迅速に動き続けた。
その週のうちにチャンミを含むメンバー全員を集めたミーティングを設定し、その場で自分には契約更新の意思がなく、来年1月末をもって芸能界から完全に引退するつもりだと宣言したのである。
ヨンジュとミンソンは舞香の宣言に強いショックを受けた様子だった。そして舞香とチャンミが予想していたとおり、舞香が説明した表面上の引退理由に納得していない様子で、「それなら当面の活動休止で良いはず」と反論し、舞香を引き留めてきた。
しかし、舞香は終始申し訳なさそうな様子を見せてはいたものの、活動を継続する意思がないことだけは、はっきりと断言していた。
そのやり取りを見て、チャンミは内心「今の様子だと、ヨンジュとミンソンは少なくとも『MYRM』としての活動継続を望んでいる」と確信し、自分の動き次第で『MYRM』は解散せずに済むかもしれない、だから自分が頑張るしかないと決意を新たにしていた。
舞香にとっても、チャンミにとっても意外だったのは、ヨンジュとミンソンの反応が予想と逆だったことだった。
ムン・ヨンジュは、K-POPアイドルの中でもっとも多くの広告契約を締結しているスーパーアイドル。当然ながら『MYRM』の中での人気も圧倒的な1位だった。
もし舞香の引退によって『MYRM』が解散したとしてもソロ活動は何の問題なく継続できる可能性が高く、解散によるデメリットがもっとも少ないと言えるメンバーだった。
しかもヨンジュは元々芸能界を目指していたわけではなく、アイドルはどちらかというと単なる職業と捉えているドライなところがある子。
一方で「ミン」という芸名で活動しているミンソンは、『MYRM』のメンバーの中で練習生期間がもっとも長かったメンバーであり、幼い頃から本気でアーティストを目指していた唯一のメンバーでもあった。
受かるとは思わず軽い気持ちで一度だけ受けたオーディションで合格した舞香、趣味で歌ってみた動画を投稿していたら歌声を評価されてスカウトされたチャンミ、路上スカウトからジウォンの強い説得で入社したヨンジュよりも、アイドル活動に対する愛着やこだわりは遥かに強かった。
だから舞香もチャンミも、より強く舞香を引き留めるのはおそらくミンで、ヨンジュはどちらかというと「できれば残ってほしいけど、どうしても舞香が辞めるなら『MYRM』は解散するしかない」と割り切った反応を見せるのではないかと予想していた。
しかし、実際の反応は逆で、より強く舞香を引き留めてきたのはヨンジュの方だった。
ヨンジュの『MYRM』への愛着は、舞香やチャンミの予想以上だった。彼女は舞香の慰留に少しでも役立つならと、「途中から個別精算に変更していた各メンバーの個人活動分の収益も、デビュー当初のように、メンバー全員に均等配分する精算方法に戻してもいい」という提案までしていた。
それは、他の3人のメンバーを遥かに上回る収入を得ているはずのヨンジュが、個人活動分の収入の4分の3にあたる金額を諦めてでも、『MYRM』としての活動継続を望んでいることを意味していた。
ヨンジュが『MYRM』に強いこだわりを持つことには、彼女なりの理由があった。ヨンジュは、生まれた瞬間からすべてを持っていた勝者だった。
非常に裕福な家庭で生まれ育ち、歴代のK-POP女性アイドル全員の中でも一二を争うレベルと評価されるほどの圧倒的なビジュアルを誇り、超学歴社会の韓国でも全国トップレベルの成績を維持できる頭脳まで持っていた。
アイドルとしての才能においてもヨンジュは天才的で、練習生になった直後からボーカル、ダンス、作詞作曲まで、あらゆる分野でめきめきと頭角を現した。
しかし『MYRM』のメンバーは、そのヨンジュがどんなに努力しても届かない領域の才能を、それぞれ一つずつ持っていた。ミンは作曲、舞香はダンス、チャンミはボーカル。
ヨンジュにとっては、それが非常に楽しかった。「自分はおそらく、どんなに頑張ってもこの分野ではこの子に及ばない」という感覚は、あらゆる分野で「簡単に勝ってきた」彼女にとっては最高の刺激だった。
そして『MYRM』メンバーたちはヨンジュにとって、対等な関係でいられる数少ない友人でもあった。
だからこそ、ヨンジュはどうしても『MYRM』としての活動を続けたいと考えていた。自分に刺激を与えてくれる、面白い仲間たちと一緒にいられる時間が、ヨンジュにとっては大切だったから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミンの反応はヨンジュとは明らかに異なるものだった。
アイドル、特に女性アイドルは通常、デビュー直後の数年間が全盛期で、その後は徐々に人気が低下していく。しかし、現在も人気絶頂の『MYRM』は今後も十分に活動を継続できる状況にあった。
それは決して当たり前のことではなく、『MYRM』のメンバー全員が常に全力で頑張ってきた結果であり、会社やスタッフ、そして数え切れないほどの熱狂的なファンの支えによって成り立っている、まさに奇跡のような状態だった。
そんな奇跡をよく分からない理由で自ら手放そうとしている舞香に対して、ミンは怒りや失望も感じている様子だった。
「…ねぇ、マイカ。『MYRM』の意味を思い出して」
ミンの短い言葉には、ものすごい重みがあった。
『MYRM』は「Make Your Room Messy」の略であると同時に、ミンソンの芸名であるミン(英語表記でMing)、ヨンジュ(英語表記でYeon-Ju)、チャンミの名前の意味をそのまま英訳したRose、そして舞香(英語表記でMaika)の頭文字をとった名前でもあった。
「誰か一人でも欠けた時点で、それはもう『MYRM』とは言えないから」
「……」
ミンにそう言われた瞬間、舞香は何も言えなくなってしまった。
ミンは、そんな舞香に追い打ちをかけるように「舞香が抜けるなら3人でグループ活動を継続するよりは、解散してそれぞれソロ活動に専念した方が良い」とまで断言していた。
ただ、ミンもできることなら『MYRM』としての活動を継続することがベストだと考えているようで、「すでに個別精算に変更されている個人活動の収益配分を、再びメンバー全員で均等に分ける形にしてもいい」というヨンジュの発言に対し、「私もそれでいい。何なら私の曲の著作権料も配分の対象にして構わない」と賛同していた。
ヨンジュとミンの反応は舞香にとっても、チャンミにとっても予想外だったが、そのヨンジュとミンにとっては、逆にチャンミの反応が予想外だった。
舞香とチャンミの関係をよく知っている二人は、舞香の引退宣言が飛び出た瞬間、チャンミが他の誰よりも激しいショックを受け、もっとも強く舞香を引き留めるだろうと考えていた。
しかし、ミーティングの場におけるチャンミの発言内容は、先日彼女が舞香に対して話した内容と基本的に同じだった。
チャンミは「私は舞香が決めたことならどんなことでも応援する」と言うだけで、舞香が抜けた後の活動については3人で『MYRM』として活動を継続する形でも、解散する形でも良いという曖昧なスタンスをとっていた。
あまりにも淡々としている様子のチャンミにヨンジュとミンは驚き、戸惑っていた。そしてメンバー同士の話し合いは最終的に「まだ契約期間が半年以上残っているから、もう一度よく考えてからまた話し合おう」という結論となり、どんよりとした空気のまま終了した。
しかしチャンミは、ミーティング終了直後、舞香以外の二人のメンバーを呼び出し、3人だけで改めて話し合う場を設けた。
舞香を除く3人のメンバーでの話し合いの場で、チャンミはヨンジュとミンに対し、「詳細は話せないけど、もしかしたら舞香を引き留める方法はあるかもしれない。私に任せてほしい」と訴えた。
そして、舞香が抜けた後の活動については「そもそも舞香が抜けることを想定していない。そのifに関しては考える必要もないと思っているから、曖昧なスタンスをとった」と説明した。
チャンミの言葉を聞いたミンは、「契約満了のタイミングで契約更新や活動継続をしないと言い出すメンバーがいるとしたら、それはおそらくチャンミ」と思い込んでいたから、チャンミが活動継続に前向きである上に、自分が舞香を説得すると言い出したことにポジティブな意味で驚いたと語った。そしてチャンミのことを見直した、感動したとも素直に話していた。
そんなミンに対し、チャンミは「あんたは私のことを何だと思ってたの?まあ、そう思われても仕方がない行動をしてきた自覚はあるけど」と軽口を叩いてから、「実際に舞香を引き留められるかどうかは分からない。でも最善を尽くす」と、今度は真剣な表情で答えていた。
しかし、チャンミの言葉に対するヨンジュの反応はまたしてもチャンミの予想外のものだった。
「ありがとう。誰よりもマイカのことをよく知っているチャンミに任せる。でも、最善を尽くすだけじゃダメだからね。何があっても、絶対に引き留めて」
そう語るヨンジュの姿にはどこか威圧感があり、まさに女王のオーラを放っていた。
普段なら「100%の自信が持てないことについて断言する」ことを極端に嫌がる性格のチャンミは、ヨンジュのその言葉にものすごいプレッシャーを感じながらも「…うん、私が必ずなんとかする」と言い切っていた。
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