第14話 受け入れ不可
チャンミは優等生揃いの『MYRM』の中で唯一、問題児と言えるメンバーだった。元々体力は4人のメンバーの中でもっとも劣っていた上に、野菜を一切食べず、中3以降は炭水化物もほとんど口にしなくなった極端な偏食家。
食事は普段から一日一食だけで、ダイエットが必要な時期になると好物のオマール海老のビスクを飲む以外は一切の食事をしないというとんでもない食生活をしていた。
つまり、結構な頻度で実施するダイエットの期間中、チャンミは目標の体重に届くまで固形物を一切口にしないような生活をしていた。それなのにエナジードリンクやお酒は大好き。
当然ながらチャンミの健康状態は良好とは言えず、過酷なスケジュールについていけないことが多かった。毎日のように心身ともに疲れ果てた状態になり、体調不良でスケジュールを消化できない回数も他のメンバーより多かった。
過去のトラウマから、「自分は可愛くない」という思い込みをいつまでも克服できず、美容整形には誰よりも前向きで、必要以上に整形手術を受けようとしていた。
重大なスキャンダルこそなかったものの、マイナーな問題は何度も起こしていた。
例えば、比較的デビュー初期に発覚した裏アカ問題。チャンミはデビュー当初からうまく本性を隠してホットガールのコンセプトで活動していたが、デビューから約2年が経った頃に、練習生時代から自虐的でネガティブな内容ばかりを日本語で呟いていたSNSの裏アカウントが見つかってしまった。
書かれていた内容は「仕事向いてない。この会社は私なんかがいて良い場所じゃない」、「うちの職場、ガチで可愛い子しかいなくて鬱」、「本垢にあげた自撮り、改めて見てみたら普通にキモくて草。盛りに盛ってこれかよって感じ」など。
裏アカが見つかったことが炎上に発展しなかったのは、アカウントの言語が韓国語や英語ではなかったことや、自分以外の誰かを攻撃するような内容や私生活に関する言及が一切なかったこと、そのアカウントが彼女のものではないかという噂が出回り始めた時点で早々にアカウントを削除したことが理由だった。
チャンミはそのアカウントが自分のものだと認めたことは一度もないが、明確な否定もしなかった。そしてその後も何事もなかったかのように、ホットガールのコンセプトでの活動を続けていた。
だから、彼女の裏アカについては今でもコアファンの間ではそのアカウントの持ち主が本当にチャンミだったかどうかについて意見が分かれている。
裏アカが話題になり始めてから削除されるまでのたった一晩で、舞香はそのアカウントの投稿内容を詳しく読んでいた。
そして舞香は問題になり得る行動をしたチャンミを責めるどころか、チャンミが書いていたようなことを思っているのはチャンミ本人だけ、他の誰もチャンミのことをそんな風には思っていないよと言いながら、チャンミを抱きしめてくれた。
次は、デビュー4年目に発生したタトゥー問題。チャンミは一応、会社からの承諾をとってからタトゥーを入れていたものの、CWの立場はあくまでも「本人の意思が強いなら反対はしない」という温度感で、彼女にタトゥーを積極的に歓迎してくれる人は誰もいなかった。
チャンミが左腕に小さいバラのタトゥーを入れた理由は、幼い頃から心底嫌っていた「チャンミ」という名前を、アイドルになってから「あなたにぴったりの名前」と褒められるようになって、ようやく受け入れて愛着を持てるようになったことだった。
そして自分に「バラ」を意味する名前をつけてくれた両親と、その名前を好きにさせてくれたファンへの感謝の意味を込めて、チャンミはバラのタトゥーを入れていた。
タトゥーの意味を聞いた舞香は感動して少し泣きそうになりながら「世界で一番綺麗なタトゥー」と褒めてくれた。
一時期、過度な整形手術を受け続けようとしていたチャンミに対し、「それ以上やると逆効果。チャンミは今の状態が一番綺麗」と説得して整形をやめさせたのも、酒に溺れ、電子タバコにも手を出していた彼女を思いとどまらせたのも、舞香だった。
舞香がチャンミを感謝しているのと同じか、それ以上にチャンミは舞香に深く感謝していて、少し依存している傾向すらあった。
そんな舞香が、『MYRM』から抜けるだけではなく、芸能界からも引退する。完全に関係が断絶されるわけではないにしても、チャンミの前から姿を消してしまう。
チャンミにとって、それは到底受け入れられない話だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
舞香から引退の意向を伝えられた時、チャンミは激しい動揺を抑え込むのに必死だった。でも舞香との話を終えた頃には、自分でも驚くほど冷静に今後の対応について考えているチャンミがいた。
舞香の前では「舞香が決めたことならどんなことでも応援する」と言っていたチャンミだったが、実際には舞香の引退を受け入れるつもりは全くなかった。
そもそもその「元カレ」が舞香との復縁を望んでいるかどうかも分からない段階で、よりを戻すために引退するということ自体、意味不明。
仮に舞香の元カレも舞香とよりを戻すことを望んでいるとしても、それは舞香の引退の理由にはならない。舞香の元カレがアイドル活動の継続を受け入れてくれる可能性だってあるのだから。
舞香は韓国に縁もゆかりもない元カレが舞香のために韓国に来ることはできないと言っていたが、そんなことはないはず。
舞香はすべてを諦めてまで元カレとよりを戻そうとしているのだから、元カレも舞香と同じ気持ちなら彼の方が韓国に来れば良い。そのために経済的な支援が必要なら、それは舞香本人がいくらでも提供できるはず。
逆に舞香の元カレが「舞香との復縁は考えても良いけど、舞香のためだけに韓国に移住したくはない」という程度の気持ちしか持っていないなら、そんな相手のために引退するなんて言語道断。
結局のところ、自分が「舞香を引退させない」という結論ありきで物事を考えていることにはチャンミ自身も薄々気づいていたが、それでもチャンミは舞香を失いたくなかった。
舞香の元カレが舞香のアイドル活動の継続を認めた上でよりを戻してくれれば、問題はすべて解決する。
逆にその元カレが完全に舞香のことを拒絶する形でも問題は解決できるかもしれないが、舞香の様子を見る限り、舞香はどんなに強い言葉で拒絶されても彼に振り向いてもらうために引退すると言い出す可能性が高いだろう。
舞香が一度決めたことは決して諦めず、自分で定めた目標を達成するためならどんな努力も惜しまない子で、しかも何かに夢中になると周りが見えなくなるところがあることを、チャンミは誰よりもよく知っていた。
だから、チャンミがやるべきことは一つだった。それは、舞香の元カレを見つけ出して、舞香には内緒で彼と直談判して舞香の引退に強く反対して欲しいと頼み込むこと。
よりを戻すかどうかは置いといても、とりあえず引退には反対してほしい。引退の直接の理由である元カレに「アイドルを続けてほしい」と言われたら、おそらく舞香も前向きに考えてくれるはず。チャンミはそう信じていた。
そしてチャンミには舞香の元カレに関する心当たりがあった。舞香が一度だけ見せてくれた、舞香を含む男女仲良しグループ4人の写真。そこに写っていた、ものすごい美少年。舞香が電話で誰かと日本語で話しているとき、数回だけ聞こえてきた「れいくん」という名前。
おそらくあの美少年が「れいくん」で、舞香の元カレなのだろう。
写真に写っていたあの美少年が元カレなら、舞香が彼のことを何年経っても忘れられないのも、誰に言い寄られても全く興味を示さなかったのも理解できる。一度写真を見ただけで強烈に記憶に残ってしまうほどの美形だったのだから。
問題はその「れいくん」をどう特定して、どうコンタクトを取るかだったが……それはもう、会社に協力してもらうしかない。
チャンミは、詳細を伏せた状態で「私なら舞香を説得できるかもしれない。そのためにどうしても必要だから、舞香と同じ中学を卒業した、彼女と交流があった男性で、名前に『れい』がつく人物を特定してほしい」と会社に頼んでみることにした。
自分を信頼して引退の本当の理由を話してくれた舞香を裏切るような真似をしているという罪悪感に苛まれながらも、チャンミは舞香を引き留めるためにはやるしかないと考えていた。
『MYRM』にとっても、ファンにとっても、会社にとっても、そして何よりもチャンミ自身にとって、舞香はどうしても必要な存在なのだから。
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