第16話 青天の霹靂
決断力と行動力に定評がある舞香は、メンバーとの話し合いが棚上げに近い結論で終わったにもかかわらず、すぐに次のアクションを起こしていた。
CWエンターテイメントの社長兼統括プロデューサーであるジウォンにアポイントをとり、彼女にも自分は契約を更新せず、芸能界から完全に引退するつもりであると伝えたのである。
ジウォンにとっても舞香の引退宣言は完全に想定外の事件で、まさに青天の霹靂だった。
CWエンターテインメントには他にも複数のアーティストが所属しており、他のアーティストたちも十分な成功を収めていたが、『MYRM』はその中でも別格の存在だった。
『MYRM』による収益は他のアーティストと比べるとまさに「桁違い」で、「CWの本社ビルは『MYRM』が建てたようなもの」というSNS上の冗談があながち間違いでもないくらい、CWの『MYRM』への依存度は高かった。
また、ジウォンは『MYRM』の各メンバーとの契約更新にかなりの自信を持っていた。他のどの会社にも負けないくらい彼女たちをケアし、サポートしてきた自負もあったし、そのおかげもあって会社とメンバー間の関係も良好。
本格的な契約条件の話はまだ出していなかったものの、メンバー全員が契約更新に前向きであるという情報は各マネージャーから入手していた。
ジウォンの中で、契約更新が難航する可能性があるメンバーがいるとすれば、それは他社から破格の条件のオファーが届く可能性がもっとも高いヨンジュと、体力面でもメンタル面で不安定なところがあるチャンミで、ミンと舞香については難なく契約更新に合意できるはずと考えていた。
実際、舞香は二か月前、世間話の延長のような軽い雰囲気で今後の話をした際に、CW以外の会社へ移籍するつもりはないと口にしていた。
突然のことに驚きながら、ジウォンは自分の考えが甘かったことを痛感していた。舞香の「契約の非更新および芸能界からの完全引退」は、想定し得るあらゆる未来の中で最悪に近いものだった。
仮に一部のメンバーとの契約更新ができず、誰かが独立したり、他社に移籍したりしたとしても、『MYRM』のグループとしての活動継続自体は可能。
移籍先との面倒な条件交渉は必要になるが、『MYRM』というグループ自体が消えるわけではない。実際に一部のメンバーが他社に移籍した後もグループ活動を継続するアイドルグループはいくらでもいる。
しかし、舞香が完全に芸能界から引退するとなると話が変わる。『MYRM』は解散するか、残った3人のメンバーで活動を継続するかを選ぶしかなくなる。そしてどちらの選択肢もCWにとっては痛手で、絶対に避けたいものだった。
『MYRM』はたった4人のグループ。メンバーが8、9人のグループから一人が離脱するのと、4人のうち一人が抜けるのとでは、インパクトもダメージも全く違う。
そして、ミンが言及していた通り、『MYRM』というグループ名自体も、「Make Your Room Messy」の略であると同時に、各メンバーの名前の頭文字をとったものだった。
つまり、一人でもメンバーが欠けた時点で『MYRM』は『MYRM』ではなくなると言っても過言ではない。その認識は、ジウォンもミンと全く同じだった。
しかも、過去にアイドルとして活動していたジウォン自身も、グループからメンバーが一人いなくなったことをきっかけに、グループとしての活動だけでなく、アーティストとしての活動そのものを引退し、作曲とプロデューサー業に専念するようになった過去を持っていた。
だから舞香が抜けることによって、他のメンバー、特にチャンミあたりが活動継続に難色を示す可能性も十分にあるとジウォンは考えていた。
もちろん、ジウォンが所属していた『
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ジウォンは、舞香が「より好条件のオファーを引き出すために引退をチラつかせるような真似をするような子ではない」ことをよく理解していた。舞香が本気で芸能界から引退するつもりであることは疑いの余地がなかった。
そして舞香が一度決めたことは何があっても貫く性格であることも、ジウォンはよく理解していた。
舞香からの報告に対するジウォンの返事は、メンバー同士の話し合いで出た結論と同じく、「まだ契約期間が残っているから、もう一度よく考えてまた話し合おう」だった。しかしジウォンは、その段階で舞香を引き留められる可能性は低いと判断していた。
その夜、突然訪れた危機に直面し、久しぶりに激しく落ち込んだジウォンは、一人でウィスキーを飲みながら、自身が所属していた『VELVET VEIL』の解散から『MYRM』の結成に至るまでの日々を思い返していた。
彼女が所属していた5人組ガールズグループの『VELVET VEIL』は、まだ人気絶頂だったデビュー3年目に、チームのメインボーカルだったスジョンの突然の死によって解散に追い込まれた。
当時、スジョンは過激なアンチによる執拗な誹謗中傷に耐えられず、自ら死を選んでいた。そして、ジウォンは彼女を守れなかったことを今でも悔やんでいた。
亡くなったスジョンはジウォンにとって単なる同僚ではなく、一番の親友で、家族同然の関係だった。まさに今の舞香とチャンミに近い関係性だったと言えるだろう。
実はCWエンターテイメントの「CW」は「クリスタル・ホワイト」の略だった。スジョンは韓国語で「水晶」を意味し、ジウォンの「ペク」という名字は「白」を意味する。
ジウォンはスジョンの死後は一度も舞台に立っておらず、解散当時、残った4人での活動については「私にはできない。続けろと強制されたら私も死ぬ」と言い切っていた。
それによって『VELVET VEIL』は解散となり、ジウォンを除く3人のメンバーはそれぞれソロ活動や女優への転身、芸能界からの引退を選択し、ジウォンは作曲家兼プロデューサーとして当時の所属事務所に残ることになった。
ジウォンは、現役時代の所属事務所に対して、自分の引退や独立を認めてくれたことへの感謝と、事務所としてスジョンへの誹謗中傷に十分な対応をしなかったことへの恨みが入り混じった、複雑な感情を抱いていた。
だからジウォンは、アイドル引退から7年間、元の所属事務所で作曲家兼プロデューサーとして誰にも文句は言わせないほどの実績を残し、十分に会社に貢献したのち、29歳で退職して現在のCWエンターテインメントを立ち上げていた。
ジウォンが独立してから最初に手がけたのは、男性アイドルグループの『
そして『NEXQUAD』がかなりの成功を収めたことから、他社との契約が満了した数名のアーティストを獲得するなどして事業を拡大し、満を持してCW初のガールズグループとしてデビューさせたのが『MYRM』であった。
次の更新予定
今カノに浮気されて婚約破棄したら、なぜか元カノがアイドル引退すると言い出したらしい 海原霊 @kaibara_rei
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