第8話 出会い

 佐久間舞香さくままいかは、踊ることが大好きな少女だった。5歳から始めたダンスが、常に彼女の生活の中心だった。


 勉強もある程度はできた舞香は、中学受験でギリギリの成績で港南学院中学に合格していた。しかし、入学後はなかなか授業についていけず、中1の頃の学業成績は学年最下位に近いものだった。


 小学生の頃はダンスに注力しながらも割と優秀な成績をキープできていたこともあり、中学の授業についていけないことは、舞香にとってだんだん苦痛になっていた。


 また、舞香は中学でも当然のようにダンス部に入部したものの、ダンス部では逆に目立ちすぎて先輩たちに目をつけられてしまった。


 舞香は中学で自分の居場所を見つけることができず、徐々に学校内で孤立していった。その結果、舞香は、中1の冬頃からは不登校に近い状況に追い込まれていた。


 せっかく中学受験までさせてもらって入学できた有名私立大の附属中高一貫校。ここに受かればよほどのことがない限り港南学院大への進学は保証されるわけだから、6年間好きなだけダンスに打ち込み、青春を謳歌できると思い込んでいた。


 しかし、現実はそんなに甘くなかった。舞香の成績だと高校卒業時には「毎年数人くらい出てくる、港南学院大への推薦権が取れなかった卒業生」になる可能性が十分にあったし、クラスにもダンス部にも馴染めず、学校にいる時の彼女はいつも寂しくて苦しい時間を過ごしていた。そしてその状況に耐えられず、いつの間にか学校に行けなくなっていた。


 このままではいけないと考えた舞香は、2年生に進級してクラス替えがあった時点で勇気を振り絞って再登校にチャレンジした。そして、始業日当日にたまたま隣の席になった相手が優だった。


 優は気さくでフレンドリーな人で、何よりも名前の通り、とても優しかった。


 案の定、授業開始日からなかなか授業についていけず、苦戦している舞香の姿を見て状況を察したのか、自分のノートを見せてくれたり、「これってこういうことかな?」と、舞香に気を遣いながら舞香が理解できていないところを遠回しに教えてくれたりしていた。


 特にありがたかったのは授業中に教師から指名されて質問に答えないといけない場面で、素早く自分のノートに答えを書いてこっそり見せてくれたり、グループワークでは常に彼女をフォローしてくれたりと、舞香がクラスのみんなの前で恥をかくことがないようにサポートしてくれたことだった。


 中1の頃に舞香が「クラスで馴染めない」と感じていた大きな理由の一つが、クラスの誰よりも勉強ができず、みんなが理解できていることを自分だけ理解できていないという疎外感と羞恥心だったので、優のそのようなサポートは舞香の自己肯定感を大きく上げてくれた。


 また、中1の頃の舞香は一人か、たまに大して仲良くもないクラスメイトと一緒にとっていたランチも、優が初日から「よかったら一緒に昼食べる?」と気軽に誘ってくれたことで、舞香は優が1年生の頃からいつも一緒に昼ご飯を食べていた仲良しグループの中に入ることができていた。


 そこで出会って仲良くなったのが玲佑と、いろいろあって残念ながら今は疎遠になってしまった美咲の二人だった。


 1年生の時は優や玲佑と同じクラスで、2年生になってからは一人だけ別のクラスになっていた美咲と、彼女と入れ替わるような形で2年生から優や玲佑と同じクラスになった舞香は、お互いに最初は「この子はおそらく玲佑狙い」と思い込んでいた。


 その後、二人とも優を狙っていることが分かってきたことから、仲良しでありながらも当時から少し微妙な緊張感のある関係だった。


 ただ、その関係はお互いを目に見える形で敵視しているというより、普段は普通に仲良くしながらも、優のことに関してはお互いを水面下で牽制しているといった形のものだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 舞香が優のことを好きになったのは自然な流れだった。


 中学卒業後、すぐに海外に移住して、トップアイドルにまで上り詰めた今の舞香は、中1の頃の自分の悩みなんてちっぽけなものだったということをよく理解していたが、当時の舞香は「2年生になってもうまくいかなかったら、私の人生はもうダメになる」と思うくらいには追い込まれていた。


 優の優しさのおかげで舞香は無事に学校に戻ることができて、優がいろんな方法で勉強をフォローしてくれたことによって舞香の学業成績もほぼ学年最下位に近いところから「ただの下位層」と言えるところまで向上していた。


 仲良くなってから優にダンス部に復帰するかどうかを悩んでいることを相談したところ、「別にダンス部にこだわる必要ないじゃん。部活はやめて学校外のダンススクールにでも通えばいいのでは?」というあまりにもシンプルで的確なアドバイスで舞香のもう一つの悩みもきれいに解決してくれた。


 優は球技大会ではクラス対抗のサッカー競技で出場して、2年生でありながら全試合圧勝で優勝していた。


 全試合、圧倒的な大活躍を見せていたのは外部のクラブチームでサッカーをやっているらしい玲佑だったが、舞香は本人も十分上手い(ように舞香には見えた)のに完全にサポート役に徹して、ボールが届いたら確実に玲佑に繋ごうとする優のことをずっと目で追いかけていた。


 優と出会えたおかげで、舞香はまさに思い描いていた青春を満喫できるようになっていた。そして優も舞香のことを気に入ってくれていることは、なんとなく舞香にも伝わっていた。


 優は誰に対しても気さくで優しく接するタイプだったが、舞香への対応は他の女子とは明らかに違っていた。


 勇気を出してダンスの発表会に招待したら、嬉しそうに招待券を受け取って当日はほぼ最前列で自分の舞台を見てくれた。


 そして「すごかった。めっちゃすごかった。プロのダンサーかと思った。というか普通にプロになれるんじゃない?……あと、すごい綺麗だったよ」と褒めてくれた。


 少し照れながら「すごい綺麗だった」と褒めてくれる優の姿を見て飛び上がるほど喜んだ舞香は、その瞬間に二人が両思いであることを確信した。そして自分の想いを抑える理由も必要性もなくなった舞香は、自分から告白することを決めた。


 舞香の予想通り、優も舞香に好意を持ってくれていたので、「あなたのことが好きです、私と付き合ってください」と言うド直球の舞香の告白に対して、優は照れながらも二つ返事でOKしてくれた。


 数ヶ月前まで人生のどん底を味わっていた舞香は、いつの間にか幸福感に満ちあふれた毎日を過ごせるようになっていた。


 そして舞香にとって、そのすべては優との出会いから始まったことであり、いつの間にか舞香は優を「自分をどん底から救ってくれた救世主のような存在」と認識するようになっていた。

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