第5話 気晴らし

 電話を切ってからの優は、今度は玲佑との思い出に浸り始めた。中学1年生の時に初めて出会い、それ以降、優にとってずっと一番の親友だった相手でありながら、実は優の自己肯定感が低くなった原因を作った人物の一人でもあった。


 フルネームは大鳥居玲佑おおとりいれいすけ。188センチの長身で、街を歩けばいろんな人に二度見されるほどの超絶イケメン。少女漫画のキャラクターをそのままAIで実写化したような、ちょっと異質なレベルの美形。


 それなのに傲慢なところは一切なく、気さくで爽やかな性格で男女問わず誰からも好かれる。


 ずっとサッカーをしていたから基本的に体育会系のノリだけど、先輩には礼儀正しいのに後輩の面倒見は良い、体育会系の良い部分だけを取り入れているとも言えるタイプ。


 そう、大鳥居玲佑は人格まで美形だった。


 優と同じく港南学院中学・高校から港南学院大に内部進学・卒業し、現在は都内の大手企業に勤めている。どんなに頑張って粗探しをしようとしてもこれといった短所や弱点が見つからない、まさに完璧超人。


 でもすべてが順風満帆に見える玲佑は、実は何度も失敗や挫折を経験していた。


 彼は小学生の頃、明日試合を観戦しに行く予定のJリーグクラブのU-12に所属していたものの、ジュニアユースのセレクションでは他クラブを含め、すべて不合格となった。


 そこから本格的な中学受験に切り替えたため、彼の地頭の良さを考えるとやや低い偏差値の学校とも言える、港南学院に進学している。


 そして中学・高校でもサッカー選手を目指して本気でサッカーを続けていたものの、最終的にプロのサッカー選手にはなれず、現在に至る。


 優は玲佑のサッカーに対するひたむきな姿勢はいつも尊敬していたし、彼のことを心から応援していた。


 しかし、高校卒業時も結局プロから声が掛からなかった彼に「どうしてもサッカーを続けたいなら舞香まいかのように海外に飛び出て挑戦すれば良いと思う。そこまでしようとは思えないなら、おそらくここで諦めるのが妥当」という、今思うと失礼極まりない上にドライすぎることを言ったのは他ならぬ優だった。


 それに対して玲佑は、なぜか「お前のおかげで目が覚めた」と言って感謝していた。


 優にとって、玲佑は化け物のような存在だった。いつだってサッカーを最優先にしながらも学業成績は決して悪くなかったし、大学も優秀な成績で卒業し、今は自分よりも少し格上の企業に勤めていた。


 あの整いすぎている顔立ちで生まれてきただけでも十分チートなのに、性格も良くて努力もできるなんてどう考えてもおかしい。そんな彼に比べると自分なんか…と優は常に考えていた。


 当然ながらモテてモテて仕方がない玲佑は、今まで何人もの彼女と付き合ってはきたものの、長続きしたことはほとんどなかった。


 ただ、それはどちらかというと玲佑の女癖が悪いというより、彼があまりにもモテてしまうことで、彼と付き合ってきた女性のほとんどが嫉妬や執着によってメンタルを崩してしまい、結果的に関係が破綻してしまうことが原因だろうと、優は推測していた。


 しかし、実際には優のその分析は半分は合っていて、半分は違っていた。


 確かに玲佑がモテすぎてしまうことも玲佑の歴代の彼女たちのメンヘラ化の理由の一つではあったが、実際には玲佑の好みのタイプの一つに「他の人とは決定的に違うユニークな何かを持っている人。あと、予測不可能な行動をする人」というものがあり、それに当てはまる女性には元々そのような素質を持つ子が少なくないことも原因の一つだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、優は気乗りしないまま渋々玲佑とサッカー観戦をした。試合は1対1のドローで終わり、両クラブの得点もPKとオウンゴールという、お世辞にも面白いとは言えない内容だった。


 しかし、玲佑の言っていた通り、この数週間は職場と自宅の往復のみの生活で、自宅ではカーテンを閉め切った薄暗い部屋で黙々と酒を飲み続けていた優にとって、サッカーのスタジアムという開放的な空間で、太陽の光を浴びるというだけでも多少の気分転換になっていた。


 サッカー観戦後、玲佑は自然な流れで優を食事に誘っていた。


 「どうせ毎日のように飲んでいるんだろうし、自分は車で来ているから今日は酒はなしにしよう」と言い出した玲佑に対して、何から何まで気を遣ってもらって申し訳ないと思いながら、優は「確かにサッカー観戦をしたことによって多少は気が晴れた」ことを認め、素直に感謝の気持ちを伝えた。


「せっかくの機会だし、吐き出しなよ、今思ってること。誰かに全部話したら少しは楽になるかもしれないぞ…と言っても、お前はそういうタイプじゃないもんな」


 玲佑からの言葉は、優のことをよく理解している長年の親友らしい内容だった。優は聞き上手だったが、自分のこと、特に自分の気持ちの部分を語るのは苦手としていた。


「ああ、俺はちょっとそういうの、得意じゃない。でもありがとうな。たぶんもう少し時間が経てばマシになると思うよ」

「またそうやってまるで他人事のように…まあ、そこがまたお前らしいけどな」


 自分のことを第三者的な立場で、まるで他人事のように話してしまうのも優の特徴の一つだった。彼は決してコミュ力が低い訳でも、協調性がないタイプでもなかったが、自分の気持ちを主体的に表現する能力だけが極端に欠けていた。


 そしてそれをよく知っている玲佑は、それ以上、その話題に踏み込むことはやめて、話題を変えることにした。


「あ、そういえばさ」


 玲佑はまるでその瞬間思い出したかのように自然に、その日、彼が優に確認しようとしていた重要事項の確認に入ることにした。


「12月の前半に長期の出張とか、旅行の予定とか入ってたりする?」

「12月前半?そんなのまだ分かんないよ、今まだ6月だぞ」


 そう言いながらも、優は会社支給のスマホと、プライベートのスマホを両方取り出して、どちらのスケジューラーも確認し始めていた。


「今のところ何も入ってない」

「お、そりゃよかった。もしかしたらその時期に何か誘うかもしれないから、できれば予定空けといて」

「何かって何?」


 明らかに不自然な話の進め方をする玲佑を不審に思った優は、彼に素直に疑問をぶつけてみた。しかし、玲佑は「まだ確定していないから決まったらまた教える」という、ひどく曖昧な回答だけを残していた。

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