005.謎肉と装甲馬車の内装!

 山のような弁当箱を運ぶコックのもとへ小走りで向かうリリアーナ。

 置き場を指定したあと個数を確認し、受取の署名をする。

 弁当を配るのをグスタフに手伝ってもらおうかと思ったが、何やらアントンと楽しげに話しているため声はかけなかった。


「私もアントンさんにご挨拶したいところだけど、まずはお腹すかせた皆が優先よね。……よし、やるか」


 彼女は両手にお弁当箱を抱え、黙々と作業を続けるゴブリン族たちのもとへ歩み寄ると、弁当をひとつずつ丁寧に手渡していった。


「いつもありがとうございます。休憩の際にお召し上がりください」

「おお、こいつはすまねえ、お嬢さん!」

「今後ともよろしくお願いしますね」

「あいよ!」


 彼らゴブリン族はこの世界の銀行や公証役場を担う重要な種族。

 共通通貨を発行しており、多くの契約魔術や遺物の鑑定等も彼らがいなければ成り立たない。


「メシー! やっとメシだ!」


 ポッケは弁当を開けるなりその中身をかき込んだ。


「なんだこれ……うんめぇええぇ!」


 わなわなと震えながら「みんなこんなうめえもん毎日食ってんのかよ」と大騒ぎするポッケを見てリリアーナは微笑ましげに笑う。

 そんな光景を心配そうに見守っていたグスタフにもお弁当を手渡し、リリアーナ自身も昼食をとることにした。


「……ほんとだ。たしかに美味しいですね」


 だが、リリアーナは首を傾げた。


(この肉は……なんの肉だろう? 鶏でも豚でもない。このキノコも見たことがない)


 王宮の最高級料理人たちが何か特別な食材を使ってくれているのだろうと、ひとまず納得することにした。


「ん……? なんだか、昔食べたことのあるような、ないような……」


 不思議な食感だと思いつつも食べるグスタフ。

 しかし、また一口と食べ進める度にいつかの野営での記憶が脳裏をよぎり、恐る恐るアントンに視線を向けた。


 「アントン殿。こ、これ、もしかして……」


 温和な執事のようなコックは静かに微笑んだ。


 「さすがですな。お察しの通り、全て周辺の森に生息する魔物や危険指定されたキノコを調理したものでございます」

 「以前仕方なく食べた経験があったのでまさかと思っていたのですが、こんなにも美味しくなるのですね」


 隣で聞いていたリリアーナは驚くわけでもなく、穏やかに笑った。


 「ふふっ、よかった」

 

 さらに一口食べながらぽつりとこぼす。


「そっか……陛下も、宰相も、ちゃんと考えてくれていたんだ……」


 見たこともない料理の正体は魔物の肉や毒を含んだ危険食材だった。

 どんな環境でも食料を確保し、それを調理できることがいかに大事であるかを会議で解いたリリアーナ。

 彼らはリリアーナと同じくらい理解していた。

 その事実に、彼女は嬉しくなった。


「お久しぶりです、アントンさん。それで……」


 リリアーナは、アントンの後ろに控える二人の若い料理人を見て尋ねた。


「この旅に同行してくださる方はどちらなのでしょうか」


 すると、アントンはその場にいる全員を見渡し、ゆっくりと言った。


「リリアーナ様」


 彼は、己の胸に静かに手を当てた。


「このアントンが、参ります」

「えっ」

「なんと! アントン殿が来てくれるならこの旅は最高のものになりますよ!」

「私は世界を旅し、あらゆる料理と食材を知っております。危険な魔物や有毒な植物の調理にも心得がございます」


 そして何より、とアントンは続ける。


「この国の、陛下の想いに応えられる料理人は、私以外におりません」

「嘘でしょ……陛下専属の貴方が……」


 王国の切り札と呼ばれるフィオナと、陛下自慢の宮廷料理長が揃う。

 さすがのリリアーナも王国の本気度を見誤っていたことに気づく。

 すぐ後ろで踊りながらアントンの参戦を喜ぶ騎士団長のことなど、意識にも入らないほどに。


 この国は、今回の魔王討伐ですべてのリソースを出し切るつもりなのだ。


 * * *


 さらに一週間が経過した。

 大広間に、ゴブリン族による大規模改修と最新版への調整を終えた装甲馬車キャラバンが、その真の姿を現した。


 外見は無骨だが流麗。

 しかし、以前とは比べ物にならないほどの魔力のオーラを放っている。


「わあ……」

「すげえ……」

「すごいですね……」


 リリアーナ、ポッケ、グスタフの三人は、その完成度に息を呑んだ。


 知的な雰囲気のゴブリン族の技師長が、リリアーナに分厚いマニュアルを手渡しながら説明を始める。


「さささっ、どうぞ中へ! 外から見ると、この通りただの大型馬車ですが……」


 中に足を踏み入れた三人は、再び驚愕した。


「なっ……広い!?」


 外見から想像するより、明らかに内部空間が広いのだ。


「ゴブリン殿、これはどうなっているんだ!?」

「ええと、入口の空間座標を、内部の基底次元に接続する際に空間そのものを圧縮・最適化しております」


 知的なゴブリンの難しい説明が続く。


「えっと、人体への影響はないのよね?」


 リリアーナの鋭い質問に、横からフィオナが補足した。


「問題ない。私が保証する。安心してくれ」


 入ってすぐの場所には広いカウンターテーブルと椅子が並ぶ。さながら厨房兼食堂のダイニングキッチンだった。

 そして、奥には通路が続き両側合わせて8枚の扉が並んでいる。


「なあ、この扉を開けたらすぐ外じゃないのか?」


 ポッケが不思議そうに言う。

 構造的に見て当然の疑問だった。


「ぜひ開けてみてください。その先がリリアーナ様が望まれたこの遺物の真価です」


 ポッケが一番近いところにある扉を開けると、そこには簡素だが清潔な寝台のある個室が広がっていた。


「うお、すっげえ! 部屋だ!」

「実際に目にするとこんなに……資料で見ていたよりもすごい……」


 ポッケだけでなくリリアーナもまた、この光景に打ち震えていた。

 脳の理解が追いつかないといった様子だが、これこそが彼女の望んだものにほかならない。


「リリアーナ様からの仕様書通り、こちらと同様の大きさの個室を5部屋。あとは風呂とトイレです」


 グスタフはトイレに大興奮していた。


「お、おしりを洗えるトイレ!? ゴブリン殿、ここに流したブツは!? 一体どこに行くのです!?」

「全て、我らゴブリン族が管理する中央下水道システムに直結しておりますのでご安心を」

「中央……下水……? システム? よくわかりませんが、ありがとう!」


 野営の経験があるグスタフはトイレのありがたみが身にしみるようであった。

 その頃リリアーナは、ポッケと共に風呂場で天を仰いでいた。

 ポッケがシャワーの蛇口をひねる。


「うおおお! 水があったけえ! 魔法か!? ゴブリンさんこれ魔法なのか!?」

「風呂場と調理場の水は、我々が管理する上水道局より、次元転送にて常に新鮮なものが供給されます」

「まじか! よくわかんねーけどゴブリン族はすげえなあ!」


 テンションの上がったポッケはそのまま服を脱いでシャワーを浴びに行ってしまった。

 リリアーナも旅先で湯船に浸かれるという王侯貴族並の贅沢に自然と顔がほころぶ。


「以上で7部屋。そして残りひとつは、実際に触ってみましょう」


 ゴブリン技師長は扉の横にあるダイヤルを回した。

 すると、倉庫だった部屋に繋がる空間が遺物や錬金道具などが詰まった部屋に変わっていた。

 おそらくフィオナが使う研究部屋だろう。

 そのほか現在は空き部屋をゴブリン商会からの荷物の受け渡しに使う予定としているが、追加で3部屋まで増築することも可能とのこと。

 後に仲間が増えるようなことになっても、問題なく対応できる嬉しい設計だった。


「ほんっとに想像以上ね……。これは……」

「さてと、次が最後の説明になりますが」と技師長が続ける。


「当初の予定では調理や暖房に使う燃料は魔導石の定期購入による運用となっておりました。しかし、フィオナ様からのご提案でこのように変更いたしました」


 技師長がキャラバンの屋根に続くハッチを開けると、そこには眩い光を放つ紋様が刻まれた特殊なガラス板が張り巡らされていた。

 皆が困惑したり驚いたりするなか、フィオナが前に出て解説する。


「私の持つ遺物……『太陽光を魔力元素に変換する触媒』をゴブリン技術で組み込んでもらった。太陽が出ている場所を移動する限り燃料は不要だ」

「国宝級の遺物をフィオナ様がご提供くださったので、仮にスッカラカンになっても、晴天が続けば一週間で満タンまで充填できます」


 リリアーナは口をあんぐりな状態で数秒静止したあと、自分の帳簿を慌てて確認する。


「そ、それじゃあ……キャラバンの運用費の実に7割を占めていた動力費と維持費が……ほとんど、タダに!?」


 感動のあまりその場で崩れ落ちそうになったリリアーナをフィオナが抱きかかえる。


「長い付き合いになるんだ。これくらいはさせてほしい」

「フィオナさん……! この恩はきっと返します!」


 フィオナのことが少しだけわかったリリアーナであった。


 そして、完成したキャラバンを祝うため大広間にやってきた者たちがいる。

 宰相、重臣、そして国王陛下だった。

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権謀のリリアーナ 深谷貴樹 @Takaki_Fukaya

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