004.遺物の専門家!

 リリアーナが啖呵を切った日から一週間。

 国王の承認を得た莫大な資金は即座にゴブリン族のギルドに振り込まれ、王城の大広間はさながら巨大な工房と化していた。


 王城の地下深くに眠っていた遺物――黒鉄色の装甲馬車キャラバンが広間の中央に鎮座し、盟友である大勢のゴブリン族の技師たちによって、けたたましい音を立てながら修繕と改良が施されている。


 「ゴブリン殿、こちらの魔鉄鋼はどこへ!?」


 その資材運びや現場の交通整理など、陣頭指揮を任されているのはグスタフ他騎士団員達だった。


「そこの木箱はもっと慎重に運べ! それは高純度の魔石だぞ!」


 王国騎士団の誇るべき騎士団が、荷運びの親方のような仕事をしている。

 だが本人達は、この国の命運を左右する計画のまさに中枢で働いていることに奇妙な高揚感を覚えていた。


 ふと、彼の視界に、一際熱心に資材を運ぶ赤茶色のくせっ毛を揺らす少年が映った。

 貧相な身なりだが、その体躯に見合わぬ大きな木箱を汗だくになりながらも懸命に運んでいる。


 (ふむ。見かけぬ顔だがよく働く。感心な若者だ)


 グスタフがそう思っていると、背後から涼やかな声がかかった。


 「お疲れ様です、グスタフさん」

 「おお、リリアーナ殿!」


 いつものように分厚い帳簿を抱えて両手の塞がった彼女は、汗だくの少年を顎でしゃくった。


 「ご紹介します。彼が、今回の旅の要。私たちの勇者様です」

 「……は?」


 ちょうど木箱を運び終えた少年がこちらに気づいて走ってくる。


 「リリ姉、今日のメシまだかよ~ 腹減ったぁ」

 「まだです。先にご挨拶。こちらはグスタフさん。私達の騎士です」


 少年――ポッケは、ニカッと笑うと、グスタフの甲冑をペチペチと叩いた。


「うおぉ! カッチカチ! よろしくな、おっさん!」

「お、おっさん……」

「ポッケ、口の利き方に気をつけなさい。お昼休憩はそこの木箱をあと10箱運んだらです」

「うえー! 10箱!? まじかよリリ姉~!」


 ポッケはゲラゲラ笑いながら、また荷運びの雑踏に戻っていった。

 グスタフはあっけにとられたままリリアーナへと向き直る。


「リ、リリアーナ殿……! なぜ、あのような……失礼ながら、貧民街の者を我らが勇者として!? 選定の剣は!?」

「ええ、ちゃんと剣を抜きましたよ。彼は正真正銘、女神の加護まで受けた勇者です」


 リリアーナは、淡々と続ける。


「グスタフさん。私は清廉潔白で品行方正な勇者は求めてはいません。そんな立派な方を連れていけばどうなると思います?」

「ど、どうなるのでしょうか?」

「私のやり方を見て、『金に物を言わせるのは勇者の道に反する!』などと、絶対喧嘩になります。……その点、彼は素直で私にとっては最高の勇者ですよ」


 まるで愛犬でも見守るように優しく微笑む悪魔に言葉を失う。


「リリアーナ殿。その、僭越ながら、私も……清廉潔白で品行方正な騎士のつもりなのですが」

「はいはい、そうですね」

「まさかとは想いますが料理人や遺物の専門家も?」

「ご安心を。そっちの手配は、陛下と宰相様が直々に動いてくださいましたから」


 リリアーナが誇らしげにキャラバンを指差す。


「空間拡張術式の係数がズレているようだ。予備回路のD-3を使ってくれ」

「へ、へい! すぐに~!」


 グスタフが視線を向けると、キャラバンの入り口付近で紫色の髪の麗人がゴブリンたちに指示を飛ばしていた。


「あの髪の色は……王国の切り札と呼ばれるフィオナ殿では?」

「ええ。遺物研究の第一人者として、陛下が招集してくれました」


 リリアーナがすっと一歩前に出る。


「フィオナさん。お初にお目にかかります。この度の討伐隊責任者のリリアーナです」

「フィオナでいい。遺物の専門家だ。よろしくたのむ」


 短く名乗る。あまり多くを語らない性格なのだろう。


「ゴブリン族の技術にも詳しいということで陛下に呼ばれた。このキャラバンの調整と今後の旅に同行する。そっちは騎士団長のグスタフだな?」


 グスタフは慌てて佇まいを正した。


「こ、これは失礼した! 王国の切り札とも呼ばれるフィオナ殿にご同行いただけるとは百人力ですな!」

「過大評価だ。それよりリリアーナ」


 フィオナは素っ気なく答えると、懐から一枚のカードを取り出し、リリアーナに見せた。


「今回の追加施工の支払いだが、このカードで決済したい」

「はいはい、ゴブリン商会のポイントカードですね。しっかり経費で落として、ポイントは貴女個人の懐に入るように処理しておきますよ」

「助かる。……これであと500ポイントだ」


 フィオナは小さくガッツポーズをして、キャラバンの中へと戻っていった。

 そのやり取りを見ていたグスタフは引きつった笑みを浮かべている。


「……あの、リリアーナ殿。王国を裏から何度も救ったとされる御方が随分とセコいことをしておられるようだが」

「いいんですよ、あれくらい。これからの旅は、あのくらい強かな人じゃないと、とてもやっていけませんから」


 リリアーナは楽しげに笑うが、グスタフの不安は増すばかりだった。

 勇者は餌付けされた子犬のような野生児。遺物の専門家はポイントカードにご執心。そして悪魔のような金庫番。

 このままじゃ料理人もきっと変人に違いないと、グスタフは己の不運な境遇に涙を流し始めた。


「リリアーナ殿……私、今もうすでに、この旅が不安でなりません……」


 泣き言を言う騎士を見てリリアーナは小さくため息をついた。


「しっかりしてください、騎士団長。まともな貴方が頼りなんですから」

「ううっ……がんばります……」


 落ち込む騎士を横目に、リリアーナはやれやれと肩を竦める。


 勇者、護衛騎士、遺物の専門家。

 あと必要なのは――。


「おーい、リリ姉~ 腹減った~!」


 ポッケの大声が響く。

 それに応えるように、広場の入り口が騒がしくなった。


「お待たせいたしました。お食事のお届けでございます」


 ワゴンを押して現れたのは、コックコートに身を包んだ優雅な老紳士。

 その顔を見た瞬間、グスタフの目が飛び出さんばかりに見開かれた。


「あ、アントン殿!? なぜ陛下直属の宮廷料理長がここに!?」


 いよいよ最後の仲間、料理人のお出ましだ。

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