003.妙な違和感!

 重厚な扉が閉まり、会議の間からの視線が遮断された、その瞬間だった。


「……っ、ぷはぁ……!」


 リリアーナは大きく息を吐き、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えて扉に背中を預けた。

 先ほどまで王や重臣たちを前に一歩も引かなかった凛々しさはなく、小さな身体が小刻みに震えている。


 (よしっ、通った……)


 震える手をさすり、深く息を吐き出して呼吸を整える。

 扉の向こうからは、まだ「考え直してください陛下!」「あのような小娘に!」という重臣たちの怒号が漏れ聞こえてくる。


「あんっのジジイ共……! 一生やってろ」


 それでも決定は覆らない。それが王の言葉の重みだ。

 安堵が胸に広がる。

 だが同時にリリアーナの脳裏に消しがたい違和感が澱のように沈殿していた。


 いくら入念に準備したとはいえ、歯車が噛み合いすぎている。

 リリアーナの直感がそう告げていた。

 重臣達があそこまで簡単に煽りに乗ったことはともかく、陛下が古い遺物の存在を待っていたかのように肯定したことが気がかりだった。



 まるで、誰かが書いた筋書きの上を歩かされているような――。



 だが、今は立ち止まっている暇はない。

 リリアーナは頬をパンと叩き、顔を上げた。


 (……今はいいわ。利用されているのなら、こっちだって利用するだけ)


 まずは仲間を集めなければならない。

 勇者、料理人、遺物の専門家……。


 それと、護衛も必要だ。

 そう思考を切り替え、歩き出した時だった。


「リリアーナ殿ぉおおお!」


 背後から情けない叫び声が響いた。

 振り返ると、会議室から出てきたばかりの騎士団長グスタフが鎧をガシャガシャ言わせながら猛ダッシュで駆け寄ってくるところだった。


「グスタフさん。ありがとうございました。貴方の迫真の演技のおかげで――」

「いやいやいや! リリアーナ殿こそ、あの老獪達を相手にあんな啖呵を切るなんて!」


 グスタフは滝のような冷や汗を拭いながら、リリアーナの言葉に被せるようにして熱弁を振るう。

 今にもリリアーナの肩を掴まんばかりの勢いだ。


「退室するまでの貴女の心境を慮ると私はもう、胃がキリキリして……」


 グスタフは嬉しさと恐怖が入り混じったような、複雑な顔で唸っている。

 どうやら弱みを握られているというのに、この男はリリアーナのことを純粋に尊敬し始めているらしい。


「すべては魔王討伐のためですから」


 リリアーナが淡々と返して立ち去ろうとすると、グスタフは慌てて回り込み、その場にガバっと膝をついた。


「頼む、リリアーナ殿! 私を連れて行ってはもらえないだろうか!」

「……はい?」

「魔王討伐の旅に!」


 リリアーナは目を丸くした。

 もとより騎士団に旅の護衛を依頼するつもりでいたリリアーナには願ってもない申し出だった。


「私としては大歓迎ですが……。騎士団長の地位を置いてまで、なぜ?」


 グスタフは鼻をすすりながら、拳を震わせる。


「……復讐です」

「復讐?」

「詳しい話は……王国内ではできそうにありません」


 グスタフは顔を上げた。その目尻は赤く滲み、充血した瞳が揺れている。


「どうか、このとおりだ……」

「…………」


 リリアーナは目の前の男の評価を改めた。

 ただの情けない風俗狂いおじさんではないのかもしれない。

 彼もまた、心に修復不可能な欠落を抱え、それでも足掻こうとしている人間なのだ。


「わかりました。貴方のその剣と復讐心を歓迎しますよ、グスタフさん」

「リリアーナ殿……! 感謝します!」


 グスタフが今にも泣きそうな顔で、リリアーナの手を握りしめてブンブンと振る。

 リリアーナは苦笑しながらその手を握り返し、ふと、ずっと引っかかっていた違和感の正体を確かめることにした。


「……ですが、ひとつだけ確認させてください」

「ん? 先ほどの詳細以外であればなんでも聞いてください!」

「あの領収書のことです」


 リリアーナが鞄を軽く叩くと、グスタフは「ヒィッ」と悲鳴を上げて飛び退いた。


「も、もう誓って経費で落とそうなんて致しません……!」

「いいえ、そうではなくて。……貴方は本当に、この店で『領収書』をもらいましたか?」


 その問いに、グスタフはきょとんとした間抜けな顔をした。


「へ? ……いや、それがよくよく考えてみれば不思議なんです」

「……え?」

「それが、いつも領収書は不要だと伝えているのですが……自分でもわからないのです」

「わからない?」

「あの夜に限って、なぜか領収書をもらっていて、妙に……そう。『これは絶対に捨てちゃいけない、大切な宝物だ』みたいな気分になりまして」

「……宝物、ですか。風俗店の領収書が」

「自分でもバカだと思っています! しかし、ただその時は本当にそう感じたのです!」


 リリアーナの背筋に冷たいものが走った。


 (……気味が悪い。妙な違和感が拭えない)


 グスタフは品行方正が鎧を着て歩いているような男だ。

 これまでただの一度も不正をしたことがない。

 だからこそ、今回の件は何らかの干渉があったとしか思えない。


 (誰かが、騎士団長の弱みを私に握らせた……)


 なんのために? そもそも誰が? 国王? 宰相?

 誰でもない、もっと別の何か。


「リリアーナ殿? どうされた? 顔色が悪いようですが……」

「いえ、なんでもありません。グスタフさんの間抜けさに呆れていただけです」


 リリアーナは毒舌で誤魔化し、笑顔を取り繕って廊下の窓からどんよりと曇った空を見上げて言った。


「この私が、ただの駒で終わると思わないことね」

「えっ!? リリアーナ殿、すでに私なにかしましたか!?」


 魔王を倒す旅は、同時に「見えざる手」との化かし合いになる。

 リリアーナの中で警戒レベルが一段階引き上げられた。


 その予感を胸に、彼女は力強く歩き出す。

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