002.会議を支配しよう!

 リリアーナは冷ややかに重臣たちの罵声を見守っていた。

 その瞳の奥で、好機が熟す、その瞬間だけを狙って。


(……今です)


 彼女はあえて隅に控える騎士団長グスタフに、すっと視線を送った。

 その視線を受けグスタフの背筋が鋼のように強張る。

 彼はリリアーナに一度だけ短く頷くと、一歩前に出た。


「ここはお遊戯の場ではないのだぞ! リリアーナ殿!」


 騎士団長の腹の底から絞り出されたような声が、空気をビリビリと震わせた。

 まるで床を揺らすかのように槍の柄を地面に突き立て、リリアーナを指差す。


 「あなたの要求は理想論に過ぎん!『移動式要塞』だと? そのような夢物語……」


 待ってましたとばかりに「そうだ! 寝言は寝て言え!」と膝を打つ財務大臣。

 グスタフは構わず、さらに声を張り上げる。


「まるで、先代陛下がゴブリン族から賜ったという御伽話の遺物、『黒鉄色の装甲馬車』でも使えというようなものだ!」


 将軍も「そんなものが実在してたまるか!」と、机を叩いて笑い飛ばす。

 会議の間は「現実を見ろ、小娘」という嘲笑の嵐に包まれ、その空気はリリアーナを完全に圧していた。


 その耳をつんざくような嘲笑は、


「…………グスタフよ」


 ――――たった一言。


 低く、静かだが、全ての音を圧し潰す声によって一瞬で止む。

 声の主は、国王だった。


「それは御伽話ではない」


「……へ?」


 グスタフ本人を含む、その場にいた重臣たちの間の抜けた声が漏れた。

 国王はその言葉を遮るように静かに続ける。


「確かに、ある。王城の地下、忘れられた『第二宝物庫』に。先代がゴブリン族から和平の証として賜った、"それ"がな」


 将軍と財務大臣は信じられないもの聞いたというように、言葉を失ったまま国王とリリアーナを交互に見つめている。

 

「……ワシが幼き頃、一度だけ乗せてもらったきりだ。王都から出向くこともなくなり、今の世代の者たちは見たことがないのも無理はない。金庫番の娘よ、そなたは知っておったのだろう」

「ご明察、痛み入ります陛下」


 リリアーナは先ほどの『新規製造案』をゆっくりと丸めると、鞄から古びた羊皮紙『王家資産台帳』を取り出した。


 「皆様にはまず現実的な問題点を認識していただくため、新規製造に伴う莫大な予算を提示致しました」


 凛としたリリアーナの声が響く。


 「私が要求いたしますのは、王家の地下で埃をかぶっている和平の証の『運用権限』。そして……」


 誰もが息を詰めてリリアーナの次の言葉を待つ。


 「あの遺物、『黒鉄色の装甲馬車』を魔王討伐の移動拠点として完璧に機能させるための、修繕改築費を含めた今後の運用費でございます」


 リリアーナがそう言って差し出した二枚目の予算要求書。

 その金額は依然として莫大ではあったが、先ほどの狂気的な製造予算に比べれば、明らかに現実的な数字だった。


 財務大臣と将軍は恐る恐るその数字を覗き込み、顔を見合わせた。


「……おお、これなら……可能、な範囲、か?」


 将軍は隣の財務大臣の顔色を不安げに伺うばかりだ。

 

「うってかわって現実的な……いや、それでも相当な額だが、さっきの無謀な計画に比べれば!」

「既にあるとされている地下の遺物を修繕し、運用するだけならば、確かに……」


 リリアーナが引いた土俵の上でしか思考できなくなっている重臣たちは気づかない。

 「新規製造の是非」から、「遺物運用の是非」という議論の土台へと鮮やかにすり替えられていることに。


 大臣たちがゴクリと唾を飲み込み、リリアーナの顔と二枚目の予算書を交互に見る。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、リリアーナは決定的な一言を付け加えた。


「ご懸念には及びません。魔王討伐の成功はもちろん、その道程で確保すべき諸々の権益……それら全てを含め、今回の投資額とは比較にならぬほどの国益がもたらされます。それもまた、このリリアーナの計画の内とご承知おきください」


 その言葉が、最後の決め手となった。

 国王は重い責務から解放されたかのように大きく息をつくと、はっきりと宣言した。


 「…………わかった。認めよう。だが、ひとつ条件がある」


 王がわずかに顎をしゃくる。

 意図を汲んだ宰相が、懐から王家の紋章が刻まれた銀の首飾りを取り出し、リリアーナの前へと歩み寄った。


「王家の威光だ。必要に応じて使え」


 宰相はリリアーナの手を取り、その掌に冷たい金属を押し付けるように握らせた。

 まるで、その重みこそが権力の代償だと教えるかのように。


「……ただの通行手形、というわけではなさそうですね」


 リリアーナの言葉に、王は再び言葉を紡いだ。


「魔王軍との戦いが長引くにつれ、地方の規律が乱れ、私腹を肥やす者が横行しておるのは知っておるな」

「はい、存じております」

「道中にある街を監査し、王国の膿を出し切って進め。毒を持って毒を制す。そなたという『猛毒』を国中に撒いてこい」


 リリアーナは首飾りを胸に当て、恭しく一礼する。


「お任せください。陛下が期待される以上の成果をご覧に入れてみせましょう」


 リリアーナは踵を返し、不敵な足取りで扉へと向かう。

 その背中を見送りながら宰相がポツリと漏らした。


「これまでの清廉潔白な者たちでは見えなかったもの。泥水を啜ってきたそなたなら見えるやもしれん」


 重厚な扉が、ズシンと重い音を立てて閉ざされる。

 その音がリリアーナにはなぜか巨大な牢獄の鍵が閉まる音のように聞こえていた。

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