第8話 信念と希望の御旗

『古の高貴なる血族が聖剣を手にする時、天は裂け主神の祝福を得るだろう』

(カルマスの預言『ラーノ書』より) 



 ジュリアが目指したのは、王都から十キロ程離れた場所にある花街だった。

 そこに、依頼主がいるのだという。


 明日にはそこへ入るという夜、三人は小高い丘の岩場で野営をしていた。

 王都に近づけば近づくほどに寒くなる。

 ラクシュリは外套の前を強く握った。


「大丈夫ですか?」

「まぁ、なんとか。これも、王都に近づいてる証拠なんだろ?」

「王都はもう一面が銀世界さ。陽の差す隙間もないくらいに雲が重い。正直、気が滅入るのよね」

「女王は陽を嫌います。炎も同じく」

「そういえば、赤い炎なんてなかったわね。青い炎がちらついてたわ」


 思い出しながら言うジュリアに、ラクシュリは更に身震いする。そんな寒々しい場所に行こうなんて、正直言えば気が重い。

 寒いよりは、温かいほうが好ましいものだ。


「それで、その聖剣はどうすんだよ。その依頼主が気に入らなかったら、渡さないのか?」


 ジュリアの傍らにある、布に包まれた剣。

 それを軽く引き寄せて、ジュリアは少し考えているようだった。


「気に入るとかの問題じゃないわね。王族の手にないと、意味がない。女王を倒すには、王家の血を引く人間がいないと」

「潰えたんだろ?」

「噂で聞いたんだけど、生き残ってるらしい」

「噂……ね」


 ラクシュリはどうにも信じる気にはなれなかった。

 噂なんてのは、根も葉もない部分からもできる。人の希望がそうさせるのかもしれない。願望が、生むのかもしれない。

 そういうものを信じて馬鹿を見ることなんて、多々あるのだ。


「でも、希望に託すしかないんじゃないのかい? 少しでも、望みがあるなら」

「予言の書は、違えていないのです。運命の少女が舞い降りラカントを手にし、聖剣の乙女が舞い降りた。ならば、高貴なる血筋もまた」

「少女?」


 ジュリアの目が、ラクシュリに行く。

 そして、マジマジとそれを見た後で、何の前触れもなく胸をむんずと鷲掴みにした。


「! 何しやがる!」

「ジュリアさん!」

「あっ、本当だ。小さいながらにあるわ」


 カッと、ラクシュリの顔が赤くなる。

 それは怒りからか、それとも恥じらいからかは分からない。

 でも、声にならない訴えをパクパクしているのは分かった。


「まぁ、どっちでも構わないけどね、アタシは」


 その、気のない言葉がラクシュリの、赤い顔を元に戻した。

 そして、なんとも言えない表情で二人を見回す。


「あえて男の格好して旅するなんて、よっぽどのことなんだろ? その覚悟で出てきたなら、成し遂げるさ。アタシはべつに、あんたが男でも女でも態度変えるつもりないし」

「ジュリア……」

「ラクシュリは、ラクシュリです。他の何者でもない。私も、性別に関わらず貴方が好きですよ」

「グラディス……」


 外套を握る手に、力が入る。

 そして、故郷を離れて初めて出来た仲間の温かさに、意外なほどの幸せを感じた。


「さて、ここまで順調に予言が進んでるなら、明日辺り会えるかもね。その、王族様に」


 ジュリアの言葉に、二人はただ頷く。

 とりあえず行かないことには、話しは進まないのだ。


◇◆◇


 その花街は、意外なほどに落ち着いていた。

 派手な色使いの楼閣や、道を行く事情ある人々が見えない。

 夜ともなれば明かりが灯るのだろうけれども、日中のそこは抜け殻のように、寂しげだった。


 三人が来たのはその中でも一際大きな楼閣だった。門構えも立派で、かなり大きい。

 町のほぼ中心にあることから、一番の大店なのだろう。


 従業員用の通用口のドアを叩くと、中から身なりのいい男が出てきて、三人に丁寧に礼をする。

 とても御用聞きや、用心棒の風貌ではなかった。


「お待ちしておりました。皆様方、どうぞこちらへ」


 まるで予期していたかのような台詞に、ラクシュリは警戒を強める。

 隣のグラディスは違う事が気にかかるようで、しきりに辺りを気にしていた。


「なんか、あるのか?」


 問いかけてようやく意識が戻ってきたのか、グラディスは困った顔で笑う。

 そして、次には険しい表情になった。


「この町は、堅牢な要塞のようです。全てが何重にも重ねられた魔術の結界の中です。そしてここが、その術の中心のようです」

「それって……」


 どういう意味なのか。

 ラクシュリが問おうとしたその時、先を行く案内が止まった。


「ここでございます。どうぞ」


 先頭を行くジュリアが、静かに扉を開ける。

 中は窓が閉まっているのに風の通りを感じる、明るい部屋だった。


 そしてそこに、二人の男の姿があった。


 一人は椅子に腰を下ろした白髪の男。

 短い髪に、整った顔立ち。まるで白い蛇のようである。

 左の目は穏やかな緑色なのに、右目はガラス球でも入れているような銀色の特徴的な目をしている。


 その男の椅子に片手をついて立っていた男は、三人を見て薄く笑みを浮かべる。

 短い黒髪に、眦の切れ込んだ鳶色の瞳がとてても似合う色男だろうか。

 座っている男よりも若いだろう。

 身なりの良さもうかがえた。


「ようこそお越しくださいました。長旅、さぞ大変でしたでしょう」


 椅子に腰を下ろしたままの男がそう言う。

 ゆっくりと立ち上がり、三人の前に来ると、男は当然のように膝を折り、恭しく頭を下げた。


「運命に選ばれし皆様と、こうしてお会いできたこと、望外の喜びにございます。私の名はファウス。かつて王家に仕えた魔術師の末裔にございます」


 ファウスは、その言葉が心よりのものと言わんばかりに震えていた。

 待ち続けたのだろうその様子は、あまり事情を知らないラクシュリにも、よく伝わった。


「運命を回す少女。貴方がみなを導いて下さらなければ、こうは参りませんでした」

「あっ、いや別に! オレは……」


 そんなことを言われても、どう反応していいのか分からない。

 ここにきたのはたまたまで、グラディスと出会ったのもたまたま。

 この偶然を運命と言うならば、否定はできない。

 でも、本人にしては義理と恩を通したまでのことなのだ。


「軍神に選ばれし乙女。貴方には、大変な失礼をいたしました。顔も見せず難題を押し付けてしまったこと、お詫びいたします」

「……まぁ、何か事情がありそうだし。いいわよ、もう」


 どこか恥ずかしそうに頭をかくジュリアは、ふいっと視線を外してしまう。


 そして、最後にファウスはグラディスに向き直った。

 グラディスは、正直どういう顔をしていいのか、分からなかった。

 ただ、その言葉を聞いてしまっては、もう戻れないような気がしていた。


「ラカント様、ご自分の行く末を定められたのですね」

「……」

「ラカント、って……」


 白の神。グラディスは確かにそのように説明してくれた。

 ラクシュリはマジマジとグラディスを見る。

 それに、グラディスは苦笑した。


「黙っていたことは謝りますから、そんな非難めいた目で見るのはやめてください」

「お前!」


 ラクシュリは口をパクパクさせる。

 そして、同じ気持ちを分かち合おうとジュリアも見やったのだが、なんとなく感づいていたジュリアのリアクションは薄い。

 結局一人でパニック状態だ。


 グラディスはファウスを見る。

 そして、困った顔をしてみせる。

 心の内など決めていない。痛いのも、辛いのも、苦しいのも本当は嫌だ。

 けれど、もうそんな個人の感情で嫌々を言える状況ではないように思う。

 運命に導かれた、確かにそうだ。見事に、神の描いた道を進まされたのだろう。


「ほら、ファウス。いい加減下がれよ。そいつ、困ってるだろ」


 そう、不意に声がした。

 全員の視線が、声の主である黒髪の青年に向く。

 彼は息をつき、三人に歩み寄った。


「俺はロッシュだ。こいつが不躾に、悪いな」

「あぁ、いえ……」


 ニッと笑うロッシュは、グラディスに握手を求める。

 それに応じ、三人と二人はとりあえず、このギクシャクした状況を整理すべく席についた。


「まずは、状況を説明いたします。時は、十八年前に戻ります。その年、王家に一人、王子がお生まれになりました。魔術師達はみな、その王子が運命を負った者と預言し、その生を隠し、遠くへと連れ出すことを考えました」

「私達も知らないわね。王家には王太子が一人と聞いていたもの」

「事態が知れては、最悪の状況で追っ手がつく。それを恐れ、ごく一部の人間だけがこれを知っていたのです。私は当時十歳でしたが、師匠と共に王子を連れ、王都を離れ町を転々としてきました」

「で、その王子様がこっちか?」


 ラクシュリの気のない言葉に、指された本人は苦笑する。

 まるで王子らしくない感じで、とても気さくなものだ。

 でも、その生い立ちを知れば分かる気がする。

 そういう世界を知らずに育ったなら、それはもう王室とは切り離された者なのだから。


「俺はこれっぽっちも、そんな気はしないんだがな。まぁ、一応証ってのはあるんだけれど」


 言って、ロッシュは自分の服の前を広く開けた。

 そのちょうど鎖骨の辺りに、赤い鳥を思わせる痣があった。


「王家の人間に現れる、神の使いですね。血筋は本物でしょう」


 グラディスの言葉に、ラクシュリはマジマジと見る。

 そして、とりあえず続きを聞くことにした。


「そうして数年前、予言の通り王家は滅んだ。私達はその頃には、この場所に巨大な結界を張るべく町を作っていました。表向きは花街。けれど、この町はとても機密に計算された結界なのです」

「分かっていました。この場所に入ってすぐに、気配が違った。慎重に感じとれば、それが分かります」


 進む中、グラディスはそんなことを言っていた。

 ラクシュリは思い出し、考えていた。

 どうしてこんな場所に、そんな大掛かりなものを作ったのか。

 追っ手は、こなかったのか?

 いくらその生を隠されていたとはいえ、探しもしなかったのか、女王は。


 それなら、今こうして追われている自分たちがここにいては、彼ら全ての存在が知れてしまうのではないか。


「オレ達ここにいたらまずい! グラディス、お前の居場所は女王に筒抜けなんじゃないのか?」

「……全てとはいいませんが、ある程度の予測がつくくらいには監視があると思います。彼女が一番恐れているのは、私だと思いますから」

「それなら!」

「落ち着いてください。私どもがどうしてこの地に皆様方を招いたのか、この備えはなんなのか」

「最初からお見通しなんだよ、この魔術師にはな」


 ロッシュの呆れた声に、ファウスは苦笑してみせる。

 そして丁寧に、説明をした。


「私の右目は、現を映しません。これは魔術師一族に、ごく稀に生まれる能力です。この瞳は、未来を映します。全てではありませんし、道は変わりますが、確かな未来を」


 ファウスの銀の瞳が、三人を映す。そして、隣のロッシュを。

 そこにはもう、限られた未来しか映ってはいない。

 幾万の選択肢を選び取り、少しずつ道を狭め、やがて一つの未来に。


「我々魔術師は、未来を予言します。私の師はいつか、この場所で大きな戦いが起こると予言し、それに対抗する術を残してゆきました。師が亡くなった後は、私がこの場を守っておりました。そして、今ここにその時は巡ってきたのです」

「じゃあ、ここに女王の兵士が攻めてくるってのもお見通し。迎撃の準備は万端だから、アタシ達はあんた達を見捨ててさっさと女王の元に行け。そう、言いうわけね」

「そういうことになりますね」


 ファウスの言葉に、ラクシュリは睨み付ける。

 それが一番後味の悪いことなのだ。

 どんなに準備万端でも、敵は多勢。

 痛手を負わせられたとしても、彼が生きて合流する保障はない。


 その視線に、ファウスは気付いたのだろう。苦笑が漏れる。

 だが、あえて何も言いはしなかった。


「ジュリアさん、その剣をこちらに」


 差された剣を、ジュリアは素直にファウスに渡す。

 そして、ファウスの手からロッシュにそれは渡された。


 渡されたロッシュは、恐る恐る剣を手にする。

 銀の鞘に、水晶で作られたような七色に光る剣。

 剣を軽く抜いても、何の変化もない。

 分かっていたように思う。だがそれでも、ショックではあった。


「高貴なる血族が聖剣を手にした時、天は割れ主神が降り立つ。だが、その血族にも資格がいるんだろ。俺は、嫌われたらしい」


 自嘲気味に笑うロッシュは、剣を鞘におさめる。

 そして、ふいっと顔を背けた。

 まるで、合わす顔がないと言わんばかりに。


「皆様、こちらへ」


 ファウスに従い、四人は地下へと降りてゆく。

 そこはとても立派な地下室で、本当に計画的に全てが用意されているのだと分かる。

 その用意周到さは、目を見張るものがあった。


 そこに、三体の人形がある。

 人の大きさをした、白い人形。

 ファウスはその前にラクシュリ等三人を連れて行き、そして器とナイフを差し出した。


「この人形に、貴方達三人の御霊の一部を移します。血を、ほんの少しいただきたいのです」

「身代わりの人形を作り、こちらに目が向いているうちに逃がそうってことか」


 ファウスは頷く。その瞳には揺らぎがない。

 ラクシュリは嘆息し、指にナイフを入れる。

 一筋流れる血が器に落ちて、ゆっくりと広がった。


 ファウスはその血を使って、人形の額に何か呪文のようなものを書いていく。

 他の二人のものにも同じようにしてから、床に腰を下ろし特殊な匂いのする蝋燭を灯し、指を組んだ。


『命より生まれし赤き滴は赤き糸となり、魂なき傀儡にしばしの命を与えん。傀儡は魂を模し、同じ命の一部を宿す寄り代となる ―― マイン』


 一筋の流れが銀色の光を放って伸びてゆく。

 それが人形を囲み静かに消えてゆくと、人形は少しずつ変化を見せた。

 身長はそのものの通り伸びたり縮んだり、体や顔、髪の色までそっくりに変化を始めたのだ。


「術が定着し、完成するにはまだ少しかかります。夜に、ここを出てください」


 ファウスは笑って全員に言った。そして、一際豪華な食事を用意し始めた。

 まるで、最後の晩餐を楽しむように。


◇◆◇


 その夜は、星月夜だった。月のない夜は風が冷たく、心を凍らせた。


 出立まで時間があると、それぞれ思い思いのことをする中で、ファウスは一人窓から城を見ていた。この場所から城までは、ほんの数刻だ。


 見つめる先で過ごした日々を思い出す。

 師が健在で、親友がいて、王太子とも親しかった。

 悪い事もしたし、遊びもした。

 十歳の子供だったが、あの時誓った親友との言葉は、今でも真実で、胸の中にある。


「『何があっても、この絆は切れはしない。約束だ、友よ』か。貴方はあの城と共に、その忠義をまっとうしたんですか? ウェイン」


 懐かしい名を呼ぶ。生きているかも定かではない、友の名を。


 その時、硬い足音が近づいてくるのに気付いた。

 誰かは問う必要がない。

 同じように不器用な、優しい魔術師の気であるのだから。


「ここにいましたか、ファウスさん」

「グラディス殿」


 戸口に立つグラディスを、ファウスは招く。

 近くに座った彼に紅茶を出し、また外を見る。

 そして、ポツリと呟いた。


「定めとは残酷です。未来など、見ないほうがいい。それでも、見えることで救えるものがあるならば、それが自分にしか出来ないことならば、覚悟も決まるものですね」


 その言葉が重く、グラディスにのしかかる。

 グラディスにはファウスのように、はっきりとした未来は見えていない。

 だが、予想することは容易だった。

 敵は手を選べないほどに、強いと知っているのだから。


「貴方は、自分の未来を知ってるのですね」


 ファウスは答えない。代わりに、右の目を瞑った。

 窓に映る自分を、塞いだ。


「いくつもの道がある。人はそれを選ぶことで、未来を決める。けれど中には、選べない者もいるのでしょう。最初から筋が書かれ、抗うことが出来ない者も。変わるのは、取るに足らない些細なことのみ。どの道を行っても、未来は同じ結末に続く。貴方も、王子も、私も、この呪いから逃れる道はないのでしょう」

「……では諦めて、神が描く呪いにただ屈しますか?」


 グラディスの瞳は、珍しく挑発的に向けられていた。

 そして、胸元を握る。

 考えていたのだ、ずっと。運命に、負けない方法を。


「私は、諦めたくはありません。やっと、見つけたのです。大切なものを。目を逸らすこともやめました。神がこのちっぽけな命を差し出せと言っても、私は『はい』とは言わない。生きたいのです、まだこの場所で。この、仲間の元で」

「グラディス殿……」


 グラディスは、やんわりと笑う。

 そして、自分の指にはまる指輪に一つキスをして、それをファウスに差し出した。


「生きることを、諦めてはいけません。望みを失くせば、人はただ堕ちるのみ。困難でも、願ってください。その願いに応じぬ神ならば、それは神などではない」


 ファウスの指に、グラディスは指輪をはめる。

 そして、その手に自らの手を重ね、強く握った。


「私にはもう、恐れはありません。覚悟もしません。これはもう、必要ない。だから私の力と願いをこめて、貴方へ」


 指輪を通して感じる強い力。それが自分の中に流れ込むのを感じる。

 ファウスは瞳を閉じ、諦めている願いを何度も反芻した。


 ― ただ生きて、王子の傍にありたいと。


◇◆◇


 ロッシュはテラスにいた。

 涼むには風が冷たいが、どうにもならない不安、重い期待、弱すぎる自分を凍らせるには、丁度よいものに思えていた。


 そこに、小さな来客があったのは、そろそろ身も冷える頃だった。


「こんなとこにいたのか。寒くないのか?」

「ラクシュリか」


 男装をした幼い少女が、悪ぶって近づいてくる。笑みもなんだか悪ガキのよう。

 それでも、ロッシュには大きく見える。その信念に、感服する。


 ラクシュリは、ロッシュの隣にきて外を見る。

 見えるのは町と、少し遠い城だけ。本当に、驚くくらい静かだ。


「ラクシュリ、お前はどうして旅をしているんだ? 女の身で、長い旅を」


 不意にされた質問に、ラクシュリは一瞬目を丸くする。

 だが次には、少し笑みを見せることができた。

 胸を張って、言えるものがあるからだろう。


「兄様を守るためさ。オレがいちゃ、無用な争いが起こる。幸い、神様もあっさりオレを見逃してくれたから、今じゃ自由な身さ」

「帰りたいとか、寂しいとかは思わないのか?」

「そりゃ、まったくないわけじゃないぜ。でも……それはできない。オレはこうすることで、大事なものを守ってるんだ。胸張って言える。遠く離れても、オレは故郷を思ってるって」


 淀みない眼差し。ロッシュにはそれが羨ましかった。


 感じていたのは、実感のない王族の身分。大きすぎる期待。

 守るべきものが大きすぎてその輪郭が捉えられないこと。

 立派な兄を見てからの劣等感。

 そして生まれたのは、本当に自分は必要なのかという疑念だった。


 各地を転々として過ごし、教育も武術もこなしてきた。

 そうして接してきた人々は好きだった。

 けれど、国を愛するという気持ちとは何か、違うように思えていた。

 ロッシュにとって真に愛すべきものは、傍にいたファウスと、その師のみだったのだ。


 いつしか思うようになっていた。

 楽園と共に王家は滅んだ。

 遅参の過ぎる役立たずの王など、王宮を離れその心を知らぬ王など、本当に必要なのだろうか?

 必要なのは真に王として心得を知る、一度しか顔を見たことのない兄なのではないのかと。


 その思いが巣食い、胸を締める。

 選ばれた者、王だと言われるたび、その思いは枷のように、心を蝕む。


「俺は、本当に必要なんだろうか」


 ポツリと出た言葉に、ラクシュリは首を傾げる。

 ロッシュはお構いなしに、話を続けた。


「俺の兄は立派だった。知勇に優れ、人に優しく、国を思う人だった。戴冠の日、俺は兄のパレードを見て核心した。この人こそ、王であるのだと。だが、こんなことになって。残ったのは、自覚も何もない血筋だけの王様だ。しかも、神にも嫌われた欠陥品だ」


 聖剣があの時光るなりすれば、気持ちが決まっただろう。

 自覚などなくとも、自信が持てただろうに。

 意地悪な神はそれすらも許さなかった。


 うつむいて、泣きそうな顔で笑うロッシュを、ラクシュリは見ていた。

 そして、ふと兄の影が見えた。

 兄も時折、このように悩んでいた。

 体が弱く不甲斐無いと、発作を起こせば嘆いていた。

 

 けれど……。


「オレの兄様が、よく言っていた。心が決まれば、体は動く。体が動けば、時が動く。時が動けば、未来が動く。嘆き悲しみ振り向くことも必要だが、振り向くばかりでは先が見えない。見えない明日を不安に思うよりも、見える明日を築くことが大切なのだと。お前は、死んだ兄の亡霊に追われて、明日を見失っているぞ」


 ロッシュは、ラクシュリを見る。

 小さく、まだ年端も行かない少女の目には、確かな希望が見えているようだった。

 そして同じ希望を、ロッシュに見せようとしているようだった。


「お前は、強いな」

「お前も強いはずさ。自分で閉ざしただけだ。まぁ、なんかキレる時がくるだろ。覚悟もなんも、一瞬で決まるって」


 それだけを言い残して、ラクシュリはヒラヒラ手を振って立ち去ってしまう。

 残されたロッシュはまた、一人で考えることになった。


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