第4話 戦女神の降臨(2)

 リブロス遺跡は、渓谷を行くその先に突然現れる。

 威圧的な正面は、馬に乗った軍神が守るように来たものを睨み付けている。


 ラクシュリ達は門を潜り、奥へと入る。ここには女王の部下はいない。

 グラディスの話では、女王もまた神々には敵わないらしく、その加護が強い遺跡や古代の神殿などには入れないのだとか。

 だから、ラスの遺跡の中に逃げろとグラディスは言ったらしい。


「それにしても、物々しい作りよね」


 中に入ったジュリアの一言だ。

 だがそれに相違ない建築物なのだ。

 祭壇へと続く廊下。

 その廊下の両サイドに等間隔にある柱には、それぞれ神が掘り込まれている。

 壁にはレリーフ。壮麗で荘厳。重苦しく張り詰めた空気を感じてしまう。


「ラスの遺跡よりもでかいよな」

「ここは軍神が守る神殿でした。主神がおわす場所だからこそ、これほどの遺跡なんです」

「主神って、なんだ?」


 こちらの神話なんてまったく知らないラクシュリが、ポンポンと軽やかなステップを踏みながら問う。

 その後ろをゆったりとついていくグラディスは、静かに話を始めた。


「この世界の主神は、雷神です。ベルーン神といって、厳格な神であったと言われていますが、実際はそうでもないようです。人と飲み比べをしたり、旅人に悪戯したり」

「基本的に自由なのよ、ここの神様。人と競ったり遊んだりは当然だもの」

「ほぇ」


 同じ多神教であったラクシュリの故郷だったが、彼のところの神様はそんなに気さくではなかった。

 何か、新鮮な驚きがあるものだ。


 そうして三人は、安全だと言われている祭壇の場所までくる。

 ここから先へ通じる道は記されていない。祭壇には燭台が一つあるのみだ。


「私に依頼した人は、この燭台に炎を灯せって言ってたわね。選ばれた人なら、緑色の炎が灯り後に紫になるって」

「やってみてください」


 グラディスに促され、ジュリアは火打石で蝋燭に火を灯す。

 不思議な蝋燭で、赤い炎が灯ってもまったく減ったりはしない。

 その炎はゆっくりと赤から緑に変わり、やがて紫に変じた。


 ゴーンッという重たい音がして、祭壇の後ろの壁が横に開いていく。

 先は明かりのないジメジメした感じの通路だ。


「ここ、行けって?」

「招かれたのは確かですね。慎重に行きましょう」


 ゆっくりと歩き出したグラディスの後ろを、ラクシュリとジュリアが続く。

 壁には松明があり、それに随時明りを灯せば通路は明るくなっていく。

 狭く、二人が並んで歩けるかどうかの廊下は、とても静かで気味が悪かった。


「ねずみの一匹もいないなんてね」

「動物は賢い。危険なもの、近づいてはいけないものには決して近づかない。人間だけが、そういう本能をなくしてしまっているのですよ」


 三つの足音だけが響く。

 そうして進むと、視界が僅かに開けてきた。

 何か罠でもあるのかと慎重に行く。

 そして、グラディスの魔法でその部屋の全体を照らすと、そこは何かしらの呪術に使われた痕跡があった。


 二重の円。その中にいくつかの小さな円と、その円を結ぶ線がある。

 小さな円の中には何かを象徴したような絵や文字。

 線は全て細かな呪文で繋がっている。


「随分と大掛かりな呪術のようですね」

「何かしら」


 近づいて、でも触れたりしないように、グラディスが魔法陣へと歩を進める。

 おそらく外円は魔法の効果が外に出ないようにする結界。

 陣自体は、何かを呼ぶためのもののように思えた。


「何かを呼ぼうとしていたようですね。大きなものです」

「なぁ、それってさ……」


 不意に声がして、ジュリアとグラディスがそちらを見る。

 そこではラクシュリが、青い顔をして半笑いを浮かべつつ、暗闇の先を指差していた。


「こんな、変な臭いとか音とかするものじゃないよな?」


 目を凝らし、耳を澄ませば闇の中に何かを感じることができる。

 それはまるで大型の獣を思わせる。

 荒い息遣い、赤い瞳、鎖のようなものが擦れる金属音。

 そして、ガチャンという音を立てて、何かが外れて急速に突進してくる音を聞いた。


「二人とも避けろ!」


 ジュリアの警告に、ラクシュリとグラディスも反応して壁際に飛びのける。

 そこへ、黒い風が吹きぬけるような突風を感じた。

 視界を黒いものが横切り、壁際で鋭い爪を床に突き立てて止まっている。


「なんだよ、この馬鹿でかいの……」


 真っ黒い毛に、赤い瞳。

 鋭い牙は人間なんて簡単に噛殺すことができるだろう。

 爪は鋭く石の地面を簡単に傷つける。

 身の丈は二メートル以上にもなる。


「おそらくこの魔法陣で呼びつけたのでしょう。祭壇の封印が解けて、トラップも効力を発揮したんだと思います」

「そんなの後! 来るわよ」


 三人の標的を見つけ、黒い獣は前足をかく。

 そして、三人へ向かって突進しはじめた。

 鋭い爪を上から振りかざし、叩きつける。

 その度に地面は砕けて粉塵が舞う。

 それを後ろに飛びのくようにして逃げるが、逃げるだけではまったく意味がない。


 見回したところ、ここに外へと逃げる扉は見当たらない。


「おそらくこいつをどうにか倒せば、道が示されるんだと思います」

「まったく、迷惑な話だ!」


 人一倍身軽なラクシュリが、獣から距離を取り弓を引く。

 正確な矢が放たれ、足の付け根に到達したのだが、厚く硬い皮膚を貫くことは出来ずに地に落ちてしまう。


 グラディスも小さな火球をいくつかぶつけるものの、ひるむくらいでダメージを与えているようには感じられなかった。


「ラクシュリ、グラディス、ばらばらでやってもどうにも出来ない!」


 ジュリアの言葉に二人は視線を向けるものの、ではどうしろというものだ。

 大体団体行動なんて無縁な二人だ。

 協力体制なんて咄嗟には取れない。


 ジュリアはそんな二人のもとへと走り、獣の牙や爪を逃れながら走るように促す。

 距離を取って逃げつつ、ジュリアは二人に慌しく指示を出した。


「上手くいくのか?」


 話を聞きながら、ラクシュリが問う。

 グラディスは頷いて、彼女の提案に乗ることを示す。

 そうなるとラクシュリもやるしかない。


「じゃ、手順通りに!」


 三人は三方にそれぞれ分かれる。

 そして、まずはグラディスがその手に小さな火球を作り出した。


『赤き礫飛翔し、我敵を焼き払え ―― ファイアーボール』


 小さな火球は狙ったように正面に逃げたラクシュリに向かって突進する獣の目の前で破裂する。

 怯んで動きを止めた獣へ向けて、ラクシュリは矢を放つ。

 放った矢は見事に獣の右目を潰した。


 地面が揺れるような咆哮。

 地団太を踏んで暴れる獣へ、グラディスは次の魔法を唱え始めていた。


『炎は壁となり、その身を封じる鉄壁の牢となる。囲い、燃えよ ―― ファイアーウォール』


 暴れ狂う獣の周囲に赤い輪が広がり、一気に燃え盛る。

 その炎にまかれ、獣は更に咆哮をあげるが、炎の壁によって身動きは取れない。


 その暴れ狂う獣めがけ、ジュリアはタンッと地を蹴った。

 その背に羽でも生えているかのような跳躍は、獣の遥か頭上へ達し、その脳天をめがけて長い剣が狙う。

 落下の勢いに自身の体重も付加し、ジュリアは正確に獣の脳天を貫き通した。


 声にならない断末魔。

 激しく体を振る背を軽々と蹴りつけ、ジュリアはすぐに炎の外へと逃れる。

 すぐさま敵に正面を向け、予備のダガーを手にするが、それは必要なさそうだった。


 ドウと倒れた獣は、いくつもの光になって薄らぎ、やがて消えてしまう。

 後に残ったのは大きな獣の骨のみ。

 炎がやみ、近づいても安全だと判断して、ようやく三人はそれに近づいた。


「どうやら、大きな獣の骨を依り代にして、召喚したのでしょうね。完璧な術です」

「感心してる場合かよ。オレらこいつに殺されるとこだったんだぞ」

「まぁ、結果よければ全てよしっていう素敵な言葉もあるし、いいんじゃないの?」

「お前、それでオレを囮にしたことも流そうって魂胆じゃないだろうな?」


 ジトッと恨めしい目で睨み付けるラクシュリに、ジュリアは誤魔化すような乾いた笑いを浮かべる。

 そして、そ知らぬふりでそっぽを向いた。


「ひっでぇ! 本当に肝っ玉が冷える思いだったんだぞ! 獣の囮になって、怯んだ隙に目を射ろなんて突然言いやがって! 失敗したら命ないんだぞ!」

「いやねぇ、できると思ったから言ったんじゃない。あんたの腕を見込んでの話よ」


 そう言われると悪い気もしない、単純なラクシュリ。

 ジュリアもそれを見抜いてか、とにかく担ぎ上げる。


「あんたの弓は淀みないし、正確だからやれるって思ったのよ。それに、もしタイミング外しても、あんたの足なら逃げられるってば。グラディスだって、そんなヘマしないし」

「人命かかってるのに、ヘマなんてできませんよ」


 疲れたように肩をがっくり落としたグラディスが苦笑する。

 とりあえずは無事でよかった。

 結局それで話しはついた。


「それにしても、ここからどうするんだか。道とかないの?」


 室内は全て壁。扉や階段はない。

 短気な性格のジュリアは、既に飽きてきてブラブラしている。

 グラディスはもう一度魔法陣を調べ直す。

 そして、落ちた獣の首を中心の円に置いた。


 途端、まばゆい紫の光が三人を包み込む。

 ふわりと、胃が持ち上がるような不快な浮遊感。

 足場が突然消えて、底のない闇へと落ちていくような感覚が襲う。


「何これ!」

「ラクシュリ!」


 グラディスが伸ばす手に、ラクシュリは掴まった。

 一緒に知らない世界へと落ちていく。

 少し離れたとことにいたジュリアの姿は見えない。

 強い力で引き離されそうになるグラディスとラクシュリは、それでも必死に互いを結びつけて、そのまま一緒に奈落の底へと落ちていった。


◇◆◇


 強い衝撃などはなかった。体の痛みもない。

 だから、グラディスはむしろ死んだのかもしれないと思った。

 なぜならそこは真っ暗で、何も見えない世界だったからだ。

 音は微かに聞こえている。けれど、他の何も感じられなかった。


 繋いでいた手の感覚がない。

 起き上がり、あてもなく歩き出す。

 微かに歌が聞こえた気がしたのだ。

 そちらに向かい、とにかく歩み始めた。


 やがて、何かぼんやりと光るものを見つけることができた。

 助かったと思い、そちらへと足早に近づくグラディス。

 だが、その場所にあるもの、ある人を認識した途端、足は恐ろしさと悲しみに動かなくなった。


 美しい女性が一人、悲しく物憂げに子守唄を歌っている。

 あやしているのは、人の首。

 流す涙は赤く染まり、瞳には何者も映してはいない。


「……母上」


 悲しげに呼ぶその名を、グラディスは初めて当人に告げた。

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