第11話 見えない距離

影の王座に座る兄妹の一日は、音で区切られている。


 朝の報告。

 昼の整理。

 夜の確認。


 派手な命令はない。

 怒号も、劇的な判断もない。


「学校は、問題なく終わりました」


 メイドが読み上げる。


「新しい教師については?」


 兄が問いかけると、即座に返答があった。


「違和感はありません。

 生徒・教師ともに」


「それが一番、厄介だね」


 妹は窓辺に座り、外を見ている。

 王都の灯りは、今日も変わらず穏やかだった。


「“何もない”状態が、続きすぎている」


 妹の声は静かだ。


「流れは?」


「遅いけれど、確実に存在しています」


 兄は頷いた。


「未遂の段階だね」


「はい」


 それ以上の説明は不要だった。



 同じ頃。

 学校から少し離れた場所で、元担当教師は机に向かっていた。


 画面に映る文章は、短い。


 事実だけを並べた、感情のない文章。


 ――王子と王女は、公の場に立たない。

 ――護衛は想定より少ない。

 ――しかし、代替の動きが必ず存在する。


「……」


 教師はキーボードから指を離す。


 自分でも分かっていた。

 これは、少し踏み込みすぎだ。


 だが同時に、こうも思う。


(どうせ、誰も見ない)


 この国は、彼を見ていない。

 教師としても、

 人間としても。


 ならば、この程度の“記録”は許されるはずだ。


 送信ボタンに、カーソルが合わさる。


 その瞬間、画面が固まった。


「……?」


 操作を試みるが、反応しない。


 数秒後、表示される文字。


 ――送信できませんでした。


「……またか」


 教師は溜息をつく。


 最近、この手の不具合が増えている気がした。

 だが、深く考えはしない。


「今日は、やめておくか」


 文章を保存し、端末を閉じる。


 彼は知らない。

 その判断が、最後の猶予だったことを。



 翌日。


 非常勤講師は、いつも通り教室に立つ。


 名乗らない。

 余計な話をしない。


 生徒たちの視線は、すぐに黒板へ戻る。


 光の兄妹は、授業を受けながら、どこか落ち着かない。


「……」


 妹は、ふと感じる。


 視線がない。

 測られる気配が、消えている。


 安心。

 だが同時に、理由の分からない不安。


 休み時間、兄が小声で言う。


「最近、静かすぎない?」


「うん」


「嫌な予感?」


「……分からない」


 非常勤講師は、そのやり取りを聞いていない。

 聞く必要がない。


 彼が見ているのは、人ではなく“流れ”だ。


 誰が、どの情報に触れ、

 どこで、それが外に出るか。


 そして今――

 その流れが、途切れたことを確認する。


 十分だった。



 夜。


 影の王座に、短い報告が届く。


・情報源、遮断完了

・外部反応、沈静

・学校機能、維持可能


 兄は一読して、紙を伏せる。


「終わったね」


「うん。静かに」


 妹は、少しだけ目を閉じた。


「……あの人は?」


「もう、触れない」


「処罰は?」


「必要ない」


 それが、この国のやり方だ。


 壊すのではなく、

 遠ざける。


 光の届かない場所へ。



 翌週。


 学校では、元担当教師の名前は出なくなった。


「体調不良らしいよ」


「長引いてるんだって」


 それだけ。


 非常勤講師も、いつの間にか姿を消す。


 誰も気に留めない。


「そういえば、あの先生……」


 言いかけて、生徒は首を傾げる。


「……どんな人だったっけ?」


 答えは、出ない。



 その日の帰り道。

 光の兄妹は、並んで歩く。


「ねえ」


「なに?」


「最近、ちょっと安心できる」


 兄は笑った。


「それなら、よかった」


 二人は知らない。


 その安心が、

 どれほど多くの判断の上に成り立っているかを。


 影の王座に座る兄妹は、

 今日もまた、何も起こらなかった一日を確認する。


 それが、

 彼らの役目だから。

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