第10話 何も変わらない教室
朝の教室は、いつも少しだけ騒がしい。
椅子を引く音。
鞄を机に置く音。
挨拶と、昨日の続きの話。
光の玉座に座る兄妹も、その輪の中にいた。
「聞いた?」
前の席の生徒が振り返る。
「今日から先生変わるんだって」
「また急だね」
兄はそう答えながら、特に気に留めない様子で教科書を開いた。
妹も同じだ。驚きも、不安も、表には出さない。
――変化は、ここでは珍しくない。
王都の学校では、理由の説明されない出来事が日常的に起きる。
鐘が鳴り、教室が静まる。
扉が開いた。
入ってきたのは、見慣れない教師だった。
年齢は分からない。
表情も、声の調子も、強い印象を残さない。
「本日から、担当を引き継ぎます」
それだけ言って、名乗りもしない。
黒板に書かれた名前は、どこか読みづらかった。
字は整っているのに、頭に残らない。
生徒たちは顔を見合わせる。
――誰だっけ?
そんな空気が、教室を満たした。
授業は淡々と進む。
質問はしない。
指名もしない。
進度も、これまでと変わらない。
それでも、不思議と違和感はなかった。
休み時間。
妹が小さく息を吐く。
「……静かだね」
「前の先生、そんなにうるさかった?」
「ううん。そうじゃなくて」
言葉を選ぶように、妹は一瞬黙った。
「“見られてる”感じがしない」
兄は一瞬だけ、目を伏せた。
「それ、いいことじゃない?」
「……たぶん」
二人は、それ以上話さない。
教室の後ろで、非常勤講師はノートを閉じる。
そこに書かれているのは、授業内容ではない。
――視線の動き。
――教師同士の距離。
――特定の名前が出たときの空白。
しかし、そのノートを覗き見る者はいない。
昼休み。
職員室の一角で、教師たちが小声で話している。
「結局、休学なんだって?」
「ああ。体調不良らしい」
「前から問題あったしね」
言葉は軽い。
誰も深く追及しない。
非常勤講師は、その会話に加わらない。
ただ、湯気の立つカップを手に、静かに立っている。
誰も彼に意見を求めない。
それでいて、邪魔にも感じない。
放課後。
光の兄妹は、いつも通り校門を出る。
「今日はどうだった?」
「普通」
「だよね」
それが、正直な感想だった。
――何も起きていない。
だからこそ、
影の王座では、同じ日の夜、別の評価が下されている。
そのことを、二人はまだ知らない。
空は穏やかに暮れ、
王都は、何事もなかったかのように夜を迎える。
だが、
“流れかけたもの”は、確かに存在していた。
それを知る者は、
この国で、ほんの数人しかいない。
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