第9話 影の王座の朝
朝の光は、思っているよりもやわらかい。
窓から差し込む陽射しが、薄いカーテンを通して床に落ちる。
その光を最初に遮ったのは、兄のほうだった。
「……もう朝?」
眠そうな声で呟きながら、彼は半身を起こす。
隣のベッドでは、妹がすでに目を覚ましていた。
「朝。七時半」
「早いな……」
「遅いよ」
妹は淡々とそう言いながら、枕元の時計を指で叩く。
その仕草は、どこにでもいる年相応の子どもと変わらない。
部屋の扉が控えめにノックされた。
「おはようございます」
入ってきたのは、二人に仕えるメイドだった。
手にはトレイ。湯気の立つ紅茶と、簡単な朝食。
「本日は特に報告事項はありません」
「“特に”がつかないの、珍しいね」
兄が笑うと、妹も少しだけ口元を緩める。
「平和ってこと?」
「少なくとも、今のところは」
メイドはそう答えて、いつもの位置に立つ。
そのやり取りは、どこか家庭的で、穏やかだった。
朝食を終えると、二人は揃って身支度を整える。
制服は質素で、目立たない色合い。
王都の学校に通う、ただの兄妹としての姿。
「今日、学校はどうだったっけ」
「通常授業。行事はなし」
「それは助かる」
兄はそう言って、鞄を肩にかける。
――誰も、この時間を“王国の中枢”だとは思わない。
学校への道は、いつもと変わらない。
通りのパン屋の匂い、すれ違う人々の挨拶。
「おはよう」
「おはようございます」
返す声も、笑顔も、すべて自然だ。
授業が終わり、放課後を迎え、日が傾く。
二人は再び同じ家に戻る。
「ただいま」
「おかえりなさい」
メイドが迎え、夕食の準備が進む。
兄妹はソファに並んで座り、他愛ない話をする。
今日の授業のこと。
友人の失敗談。
面白くもないが、安心できる話題。
「……今日は、本当に何もなかったね」
妹がそう言う。
「うん。だからこそ、覚えておこう」
兄は穏やかに答える。
この“何もない一日”が、
どれほど希少かを、二人は知っている。
夜。
明かりが落ちる前、メイドが一歩前に出た。
「――一点だけ、付け加えるとすれば」
二人の視線が、自然と彼女に向く。
「光の玉座に座るお二人の学校で、
担当教師が急遽、休学することになりました」
妹が瞬きをする。
「理由は?」
「公式には“仕様上の都合”です」
兄は、静かに頷いた。
「代わりは?」
「非常勤講師が、明日から入ります」
部屋に、ほんのわずかな沈黙が落ちる。
それでも、空気は重くならない。
「じゃあ、今日はここまでだね」
妹はそう言って立ち上がる。
「うん。明日に備えよう」
灯りが消える。
穏やかな一日が終わる。
――その裏側で、
国の秘密に触れようとする“視線”が、
静かに動き始めていることを、
まだ誰も知らない。
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