第7話 事件の裏側
夜更け。
机の上には、すでに役目を終えた紙が積まれていた。
監察団の報告、噂の変遷、港町の取引記録。
どれも表では語られない、裏側の数字だ。
「……やっぱり、南部の倉庫」
妹が、指先で紙を叩いた。
「火、ついたね」
兄は頷く。
「ああ。暴動は防げたが、見せしめは必要だった」
その言葉は、冷静だった。
だが、机の下で握られた拳は、小さく震えている。
「倉庫一つ分。
流通の要を潰して、扇動役を炙り出す」
妹は分かっている。
これは“最小限”だ。
「怪我人は?」
「数人。命に別状はない」
兄は一瞬だけ、視線を逸らす。
「……そうなるように、時間を選んだ」
火が放たれたのは、夜。
人の少ない時間帯。
それでも、誰も傷つかない保証はなかった。
「完璧じゃないね」
妹がぽつりと言う。
「最初から、完璧な解決なんて存在しない」
兄はそう答えながら、紙を一枚破いた。
「国を守る、というのは、
誰かを守らないと決めることでもある」
妹はその言葉を聞いて、しばらく黙っていた。
窓の外では、城下の祭りがまだ続いている。
人々は、王を讃え、歌い、踊っている。
「……ねえ」
妹が、少しだけ声を落とす。
「倉庫で働いてた人、どうなった?」
兄は答えなかった。
答えられなかったのかもしれない。
「仕事は失う。
でも、生きてる」
しばらくして、そう言った。
「それが、ここでの線引きだ」
妹は唇を噛んだ。
「選ばなかった道、他にもあったよね」
「ある」
兄は即答する。
「軍を出す。
反乱分子を根こそぎ潰す。
国外に強硬姿勢を示す」
彼は指を折って数えた。
「全部、国を守れる」
妹は顔を上げる。
「じゃあ、なんで――」
「死人が出る」
短い言葉。
それだけで十分だった。
妹は、もう何も言わなかった。
しばらくして、メイドが部屋に入ってくる。
「処理は完了しました」
報告の声は、いつもと変わらない。
だが、どこか疲れている。
「表には?」
「事故として処理されています。
民の関心は、王城の祝賀に向いています」
兄は、椅子から立ち上がった。
「……ご苦労だった」
その言葉は、命令ではなかった。
メイドは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。
「いいえ。
私の役目ですから」
部屋に、沈黙が落ちる。
妹は、机の端に座り、足を抱えた。
「……怖い」
その言葉は、とても小さかった。
兄は、はっとして妹を見る。
「何が?」
「自分が。
こういうことを、普通に考えてるのが」
兄は、何も言えなかった。
代わりに、妹の頭に手を置く。
子どもに向けるような、ぎこちない手つきで。
「……それでも、やめられない」
兄は低く言う。
「やめたら、この国は壊れる」
妹は、兄の服を掴んだ。
「私たち、いつまでここにいるの?」
影の玉座。
誰にも見えない場所。
兄は答えを持っていなかった。
ただ一つ、分かっていることがある。
――今日も国は平和だ。
その平和の裏に、
誰の名前も残らない犠牲があることを、
この部屋にいる三人だけが知っている。
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