第7話 脱ぎ捨てた皮と、岩を穿つ水鉄砲
腕の中に残る焼け付くような熱の余韻と、視界を白く染め上げた光の残像が、瞬きをしても消えてくれない。
俺は恐る恐る目を開けた。
洞窟内の湿った空気が、熱せられた岩肌から立ち昇る湯気で白く霞んでいる。
その中心で、俺の相棒は「きゅう」と間の抜けた声を上げ、身震いをひとつした。
グルが、そこにいた。
だが、さっきまでのグルではない。
一回り……いや、二回りは大きくなっている。
かつては手のひらに乗るサイズだったのが、今は中型犬ほどの大きさだ。
濃紺だった鱗は深みを増し、その表面には濡れたような光沢――ジャイアントフロッグの皮膚に似た粘膜質のコーティングが施されている。
背中の翼のような突起も少し伸び、四肢の筋肉、特に後ろ足が異様に発達していた。
「……グル、なのか?」
俺の声に、グルが振り返る。
瞳の色は変わらず、人懐っこい金色のままだ。
俺と目が合うなり、グルは嬉しそうに尻尾を振り、飛びついてこようとした。
ドスッ。
重い。
以前なら「飛びつく」だった動作が、今は「体当たり」に近い。
俺は尻餅をつきそうになりながら、その重量感を全身で受け止めた。
硬くて、重くて、そして温かい。
生きている。化け物になって暴走したわけじゃない。
俺のグルだ。
安堵で息を吐いた瞬間、足元にカサカサという音がした。
見下ろすと、グルが脱ぎ捨てたばかりの抜け殻が落ちていた。
半透明で、以前のサイズそのままの抜け殻。
俺はそれを拾い上げようとして、指先が震えていることに気づいた。
ただの脱皮じゃない。これは明確な「進化」だ。
グルが俺の腕から離れ、何やら鼻をムズムズさせ始めた。
くしゃみか?
そう思った直後だ。
「ケプッ!」
小さな咳のような音と共に、グルの口から何かが射出された。
ヒュンッ、という風切り音。
直後、数メートル先の鍾乳石が、爆ぜるように砕け散った。
「……は?」
俺は砕けた岩の破片がパラパラと落ちる様を、口を開けて見つめた。
今の、なんだ?
石を投げたわけじゃない。
グルの口から出たのは、透明な液体の塊――圧縮された水弾だ。
俺は慌てて砕けた鍾乳石に駆け寄った。
断面を見る。
濡れている。そして、鋭利な刃物で抉ったような跡が残っていた。
ただの水鉄砲じゃない。高圧で撃ち出された水流カッターだ。
ジャイアントフロッグの水鉄砲よりも、遥かに威力が高く、鋭い。
「グル、お前……」
振り返ると、グルは自分でも驚いたように首を傾げ、また「ケプッ」とやりそうになっている。
「待て待て待て! こっち向くな!」
俺は慌ててグルの口を押さえた。
あの威力で直撃したら、俺の体なんて紙切れみたいに穴が開く。
グルは「なんで?」と言いたげな顔で俺を見上げ、大人しく口を閉じた。
俺は冷や汗を拭い、革袋からメモ帳とペンを取り出した。
手が震えて文字が歪むが、構わずに書き殴る。
『ジャイアントフロッグ捕食』→『脚力強化』『粘体皮膚』『水弾発射』。
やはり間違いない。
食べた魔物の特性を、ただコピーするだけでなく、自分用に最適化して取り込んでいる。
スライムで物理耐性を得て、カエルで遠距離攻撃と機動力を得た。
俺はメモ帳を閉じ、グルの頭を撫でた。
指先に触れる新しい鱗の感触は、スベスベしていて心地いい。
こいつは「最強の魔物」になる器を持っている。
そしてその成長の鍵を握っているのは、こいつに何を食わせるかを決める、俺の「献立表」だ。
テイマーとしての常識が音を立てて崩れていくのと同時に、料理人としての血が騒ぎ出すのを感じた。
今のグルは水属性と物理耐性を持っている。
だが、弱点もあるはずだ。例えば火だ。
カエルの皮膚は乾燥や熱に弱い。今のグルも、もしかしたら火には弱くなっているかもしれない。
なら、次はどうする?
弱点を補うか、長所を伸ばすか。
バランス良く育てるなら、次は逆の属性を取り込ませるべきだ。
「よし、グル。移動するぞ」
俺は荷物をまとめ、立ち上がった。
この階層には、たまに迷い込んでくる厄介な鳥がいる。
『ファイアバード』の亜種、あるいは『ヒートオウル』。
火の粉を撒き散らすその鳥は、Fランクダンジョンでは避けるべき強敵だが、今の俺たちならどうだ?
グルが俺の足元で、期待に満ちた目で尻尾を振った。
腹はもう減っていないはずだ。あれだけの量を食べたんだから。
だが、その目は「次はどんな美味しいものをくれるんだ?」と語っている。
進化への渇望か、ただの食いしん坊か。
「次は焼き鳥だ。カリッと香ばしいやつを食わせてやる」
俺が言うと、グルは嬉しそうに「ギャオ!」と咆哮した。
その声は以前より太く、洞窟の奥まで響き渡った。
俺たちは水場を離れ、乾燥した風が吹くエリアへと足を向けた。
背中の革袋が、来る時よりも軽く感じる。
食料が減ったからじゃない。
俺の中にあった「無力感」という重りが、いつの間にか消え失せていたからだ。
暗い通路の先に見える微かな光が、俺には輝かしい未来への入り口に見えた。
こいつをどこまで育てられるか。
その答えを見るまでは、死んでも死にきれない。
俺は一歩を踏み出すたびに、靴底で地面を確かめた。
この道は、もう「追放された荷物持ち」の逃げ道じゃない。
最強への登山道だ。
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