第6話 少しずつ動く時間

『久しぶり、伸治。最近、どう?』

 彼の声は相変わらず柔らかくて、聴きやすい。


ー振られたことを言うか、言うまいか……。


 考えていたら、沈黙が生まれた。彼は俺が喋らなくても気にしないみたいで、最近、ある撮影があって、それが公表されたら映像を見て欲しいと言っていた。 

 いつもより上機嫌な彼の声が珍しく、周りに誰かいるのかと怪訝に思ったとき、ある女性の声が聞こえた。


ー優。世間話はやめて、さっさと呼べば?


 その声は淡々としていて、けど、どこか人を引きつける声だった。彼女の声を聴いて、あぁと応える優の声が落ち着いていた。

 彼女ではないのだろうが、親しい仲であることは間違いない。優は女友達がいないタイプだから、不思議な気がした。


『伸治、おいでよ。今、六本木のー』


 彼が告げたバーは六本木の芸能人御用達のバーの名前だった。普段だったら断るのに、今は一人が嫌で誰かといて気を紛らわせたい。

 家から出てタクシーを拾い、バーの住所を告げれば車は目的地へ動き出す。自分の気怠い気持ちも外へ出れば軽くなった。


ー久しぶりの外出、いいな。


 外の街灯は明るい。誰かがいる景色を見ると、今は心が和んできた。彼女がいない穴は自然と埋まっていく。

 日常がまた新しい日常に変わるだけ。どうせ、切ない気持ちも消える。


 音楽家は全ての感情を扱って、それを音楽にするのが業な職業だと言われている。でも、自分はそれが上手くできない。

 なぜなら、音楽はいつでも頭の中で奏でられているから。無理矢理、生み出した音楽はどこか歪む。でも、その歪みも愛おしい。


 自分の音楽が受け入れられたせいか、昔よりは大分、許容範囲が広がった。自分の変化を感じながら、外の風景が変わるのはなんだか、嬉しかった。

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