第5話 流れゆく日々

 彼女のことを反芻する時間はたくさんあった。というのも、最近は仕事ばかりだから休みたいと我が儘を言い、3ヶ月ほど休みを貰ったからだ。だから、時間があるときに自分の中の空洞を意識する日々を過ごしている。

 あれから自分のプライドもあってか、彼女とは連絡を取れなかった。どっちみち、子供の父親とは結婚するような話をしていた気がするから、なんとかなっているのだろう。


 頭の中で彼女のことを考えることも飽きてきた頃。ある人から連絡がきた。


ーその相手は、自分が主題歌を担当した主演俳優からだった。


 彼は表に出している顔と身内に見せる顔が違うので、『本当に同一人物なのか?』と周りの人から疑われることが多かった。皆が知っている顔は誰にでも愛想良く微笑み、自然と懐に入る感じ。裏は誰も信じず、疑っている。その慎重さを自分は好いていた。


 そんな彼と仲良くなるきっかけは主題歌を担当したときの対談だった。なぜか、主演俳優と自分の二人だけ。

 彼の語る言葉はすごく綺麗な言葉で、自分のたどたどしい言葉で『誰かに何かを伝えられるのか』と不安になったほどだ。上手く自分が話せないときでも、彼は静かに待ってくれる。これは答えがなかなか出なそうだと判断すれば、さり気なく話題を変え、自分も話せる話題にしてくれる。

 あの対談動画は動画配信サイトであがり、1日で100万回再生された。それはもちろん、彼の人柄のおかげ。話をわかりやすくしてくれた編集の方々、もっと言えば、企画してくれた方々のおかげだろう。


 自分としては、これで終わる関係だと思った。仕事関係でも別段、誰かと深く関わるつもりもない。川のように、自然と流れていく。人もそんな感じで、追いかけることはなかった。

 すぐ終わる関係だ。そう思ったのに、対談後に彼からある言葉を小さな声で言われた。


『あなたは誰かと深くつながることが苦手な人だと思う。けどね、僕も本当は……苦手なんだよ』


 その言葉を話している彼からうっすらと暗い陰が覗いた瞬間、自分の中でぞくっとしたことを覚えている。その瞬間、彼に自然と連絡先を聞いて、ご飯に行こうと誘ったことは今も覚えている。


 あのときの彼は何も見えない、街灯もないときの闇を見せてくれた。誰かに嫌われるかもしれないのに……。自分にさらけ出してくれた。

 それは臆病な自分とは反対で、彼の素直さが『羨ましい』を通り越して、『妬ましい』と感じた。


 その彼から連絡がきたのなら、拒否することもないだろう。けれど、数年経ってから思う。


ーおまえは、この時に一人でいた方が幸せだ。

 

 そんなことを感じる瞬間が来ることがあるなんて、未来の自分に言われても気づかなかった。

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