第2話 過去の記憶は色褪せない
彼女に振られた日から記憶があまりない。彼女の荷物は部屋から消え、彼女の残り香も消えつつある。
ー自分以外の人と子供を作った?
最後にそう話した彼女は美しかった。
……少しだけ、自分との子供だと思いたかった。けれど、思い返せば、去年の10月以降は彼女と会うことはほぼなかった。会ったとしても、1時間未満。その時間も自分が創る音楽が頭の中に存在している。彼女を抱くことなど出来なかった。
音楽を創るときは、それだけに意識が向いてしまう。彼女がいても、会っているときは音楽のことが常に頭にある。自分にしか聞こえない歌が誰かに聴いてもらえる瞬間をいつだって、心待ちにしている。それは音楽に捕らわれているのと同じ。
……昔はそうではなかった。
けれど、あるときから、自分は『音楽を生業にして生きていくしかないのだ』と覚悟を決めた。
それからは人といる時間すら、自分が創るべき音楽が頭の中をちらつく。それをただ歌い、他の人にも奏でてもらうだけ。
その作業は自分の深い部分を救ってくれた感じが常にした。だから、自分はその時間が好きだった。
なのに、その作業をイヤだと思う瞬間もあった。それは自分の音楽を否定されたとき。あのときは自分が否定されたかのような気持ちになり、この世界から身を隠したいと思ったほどだ。
最初のデビュー時はちやほやされ、期待され、長年、聴いてくれる人がいた。けれど、いつしか、その人たちが求める音楽像とは違ったのだろう。急速に人が離れていった。
再生数は目に見えて落ち、自分がやりたい曲を誰も聞いてくれない日々は自分の自尊心を傷つけた。
そんなときだった。清佳(さやか)に会ったのは。
彼女はレコード会社に入社して、2年経ったばかりだった。あの頃の彼女はどんな感じだったか、今でも鮮明に思い出せる。
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