第7話 取り返しのつかないお茶会
乙女ゲームのUI周り、というのはギャルゲーよりも変わりにくい。
それはなんとなくアリスもわかっていた。
リメイク作品があっても、ファンディスクの抱き合わせやおまけの特典が増える程度、ゲームシステム自体が大きく変わる、ということはあまりない。せいぜいそのハードの技術的な側面で荒かったスチルが高解像度になるとか、立ち絵が追加される、とか。そこまでされればかなり頑張っている方だ、とアリス個人としても評価している。
(うっわあ、このスチルあったなあ)
だから、エリザベートとヴィルヘルムの掛け合いを見ながら、アリスは懐かしい気持ちに浸っていた。
最初のお茶会までは、チュートリアル。
そのあとでさまざまな高貴な男性と出会って、そこから恋愛相手を決めていく。
最初に出会うヴィルヘルム王子はヤンデレで、本当はアリスのことなんて一度も愛したりはしない。それに気がつかずにアリスがそのまま攻略を仕掛けていると、どんなに妨害してもめげないアリスにしびれを切らしたエリザベートが、いやがらせを始める。
アリスのことばかりをかまうようになるエリザベートにヴィルヘルム王子が嫉妬して、他のものにとられるくらいなら、とヴィルヘルムに殺される。
そういう展開が、この「ノーブル・ブラット」でも王道の展開である。
今回はわずかではあるがヴィルヘルム王子とエリザベスとの関係性を上げていこうと意気込んで、このお茶会に参加しているのだが。
(なんかすごくエリザベートがいい子になってるんだけど……?)
本来であればエリザベートは、最初から悪役令嬢という立場を全く崩さない。
出会った時からアリスの顔つきが気に食わない、と紅茶を浴びせかけ、さらに庶民がどうしてこんなところに居るのと怒鳴って彼女を侮辱する。
そういう立ち位置のキャラなのだから仕方ない。
推しと同じ次元で出会うためにも、あえて無礼にふるまって挑発してみたのだが、まったく怒る様子がない。むしろ何かを恐れているかのように、すごくまともなことしか言ってこない。
(もっとぶっ飛んだキャラだった気がするんだけどな……なんかのバグ? まさか正規の手順じゃないから?!)
イベントが起こらない、というのは一番困ることだ。
何しろヴィルヘルム王子はさておき、エリザベートは好感度を上げるのがめちゃくちゃにシビアである。イベントを一つ二つ飛ばしただけで、そのまま二度と隠しルートに入ることができなくなるレベルだ。
そんな危険性さえはらんでいるのだから、間違いなく「お茶会」イベントをちゃんと進めようと思っていたのに。その気配は全くない。
「それではスコーンでもお召し上がりになりますか? とてもおいしいものを準備していただいたんです」
アリスはいいながら、自分の皿を持ち上げた。これも無礼な行為である。
しかも、あえて何の味もしないプレーンの質素なモノも準備した。
これできっと何か嫌味の一つでも言ってくれるに違いない。
「まあ、とても美味しそう。実はあまり味の濃いものが今は好きではなくて……特にほら体調を崩していたでしょう? こういうところでも気を使っていただいているのね」
それなのにエリザベートは逆にうれしそうな顔で、手を合わせてくる。こんなもの、後半のイベントででしか見ないような笑顔である。
(ほんとうに、なんで……?! だって、この時にはバチバチに敵対して、それからゆっくりと友達になるはずで……!)
何故だろうこのエリザベートという女は、もっと工夫を凝らした味の濃いものが好き、と言ってくる女なのである。
それなりになぜか今はそうでなく味の薄いスコーンが嬉しいと言ってくるのだろう。
「ジャムなども要らないのかい?」
ヴィルヘルムがジャムの瓶を差し出す。これも後のイベントで、エリザベートと仲を深めるために必要なアイテムだ。入手するのもなかなか面倒だったそれを普通に差し出してくる。
ここでジャムを後のイベントの短縮のためにもらったらどうなるだろうと思いつつも、アリスもエリザベートを見つめる。
「ええ、いりませんわ。本当に、今日は体調がいつ悪くなるかわからないですし」
「だったら部屋に戻るかい……?」
「あっ、いえ、そこまでではないの。本当に本当に……少し今は落ち着いているから、大丈夫ですわ」
まるで別人である。この女は一体何を考えているのだろうか。
もしかしてこのエリザベートも転生者だったりしたらどうしようか。
「ね、ねえ、アリスさん、お茶会始めましょうか?」
そんなアリスの疑念をよそに、エリザベートはアリスにお茶会を進めていく。
「は、はい……」
(これ以上今のエリザベートを怒らせてもいいことはないし、進めるしかないよね)
もっと挑発してとりあえず「紅茶をかけられる」というイベントをこなしてもいいが、それをすると今度はヴィルヘルムの好感度を著しく下がる恐れがある。
だから、アリスは大人しく引き下がった。
(紅茶でもかけてやればよかった……!!)
エリザベートはアリスの言動に怒りを抑えるのに必死だった。
何しろ無礼な女である。しかも礼儀も知らない。そんな女とヴィルヘルム王子が一緒にお茶会を主催しているなんて。
許すことなんてできない。
(でも、絶対にここでヴィルヘルム殿下に、無様な姿を見せられない……!)
もしもここで感情的になって、そこから将来的にアリスに許嫁の座を奪われれば、そのあとに待っているのは断頭台だ。
夢とはいえ、刹那、首を切られるその感覚。一瞬で訪れる暗く冷たい死の香り。
それがエリザベートを正気に戻していた。
「き、今日の紅茶はとても香りがよいですわね」
「そうだね。君たちみんなが楽しめるようにあまりくせのないもの選んでみたんだ。それを楽しんでくれて嬉しいよ」
ヴィルヘルムはにこやかだ。まったく何も気が付いていない。
(本当に、幼少期からこういう人なのですよね)
ヴィルヘルム王子は許嫁であるエリザベートに基本的には優しい。
もちろん国を動かす根幹部分では優秀なのだが、エリザベートには「君は僕の傍で笑っていてくれたらいいからね」と言って自由にさせていた。
「それよりも教えてくれませんこと? どうしてお二人は仲良くなったのかしら挨拶の時は初対面に見えたのですけれど、そのあとに何かあったのかしら?」
これだけ機嫌が良いのであれば、この程度は軽く聞いても大丈夫だろう。そう思ってエリザベートが尋ねてみると、それにふふ、とヴィルヘルム王子が笑い声を漏らしてくる。
「実は少し秘密の話し合いをしたんだ」
秘密の話し合い。いやな言葉である。このたった数時間のうちに、どんな話をしたらここまで仲良くなれるのか。
「そうですわね。その時に仲良くなったのです。ヴィルヘルム殿下は本当にお優しくて……」
アリスがそれに対してさらに頷いてくる。なんだか自信があり気で、それがまたムカついた。
(この女、何を考えている?やはり腹の底が読めない)
それが一番恐ろしい。もっと庶民の女であれば、こうやって許嫁であるエリザベートといれば、その高貴さで緊張してお茶なんて飲んでる事はできない筈なのに、のんびりとスコーンまで食べようとしている。
肝が据わりすぎている。
「そ、そうなのですね……」
とりあえずこれ以上探るのはやめよう。もしこれ以上疑われてしまっては、本当に断頭台に近づきかねない。そう思い、エリザベートは紅茶を飲もうとした。
その時である。
「僕はアリスとエリザベートがもっと仲良くなってほしいと思っているんだ。そうしたほうが、僕もうれしいからね」
それは何気ない一言である。
だが、エリザベートにはこれ以上の我慢はできなかった。
「……っ!! どうして、そのようなことをおっしゃるのです?!」
「きゃっ!」
やってしまった。
そう思った時には遅かった。
我慢の限界だったエリザベートの指先は反射的に、その紅茶をアリスにかけてしまっていたのだから。
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