第6話 最悪のお茶会

(これは、どういう状況なのかしら)

 エリザベートはヴィルヘルムの婚約者である。

 貴族としての格も高く、このノイシュタット王国では彼女がないがしろにされることはまずない、と言ってもいい。

 それなのに。


「ああ、よかった。エリザベート様、来てくださったんですね!」

 王宮でも限られた者しか立ち入ることのできない、中庭のガーデンテラス。

 満面の笑顔を振りまく目の前の少女。淡い薄ピンク色のドレスを身にまとい、嬉しそうに手を振ってくる。そんなこと、この王宮でエリザベートにした場合、そのまま追放されてもおかしくないくらいの侮辱である。

 もしも二人きりであれば、「無礼者」とでも言って頬を張ることくらいはエリザベートも考えたかもしれない。


「よかった、もう体調は回復したのかい? 確かに今日は今朝から様子がおかしかった。もっと早く気づいてあげたらよかったね」

 だが、そう簡単にエリザベートが実力行使に出られない理由が、アリスの隣に座っていた。

 穏やかで日の光によってキラキラと光り輝く髪の男は、エリザベートの未来の夫であるはずのヴィルヘルム王子である。

 優しく微笑んでくるその角度は完璧で、そっとエリザベートの肩に手をかけてきて、そのまま顔を覗き込んでくれる。

 その真剣な瞳が、本当にエリザベートのことを案じているのだとわかる。


「い、いえ……部屋で休んだら、わりとよくなりましたので……」

 なんとかそうやって言ってみる。

 本当は、現在進行形で体調が悪化しているなどとは口が裂けても言えない。

(なんで、この二人が……?! というか、いつの間に接触を?!)

 今日の朝挨拶をするまでは、二人は初対面であったはずである。

 その後確かにエリザベートは席を外したが、それも数時間程度のことだ。その数時間で何かしたとでもいうのだろうか。

 何が起こっているのか。

 わからない。だからこそ恐ろしい。

 この女は一体何をしてこんな風に彼に取り入ったのだろう。この国の次期国王であるこのヴィルヘルム王子に対して。

 そうやって考えを巡らせていると、今度はアリスの方もエリザベートの態度がおかしいことに気がついたらしい。


「どうかなさいましたか? やはりご気分が悪いとか……」

「あ、いいえ。そういうわけじゃなくて……そうじゃないのだけど……その私がわからないというか……戸惑ってしまって。どうしてお二人は一緒にいらっしゃるのかしら? 確か初対面のはずでしたよね?」

 なんとか言葉を選んで、エリザベートはアリスに問いかけてみた。あまりに突っ込みすぎると、逆にどうして疑ってくるのかと質問されかねない。

 するとアリスがヴィルヘルムの顔を見ながら言った。

「実は、私が困っているのを助けてくださったんです」

「困っているのを……助けた?」


 思わずその言葉を反芻する。いったい何を困って、この女はヴィルヘルム王子を利用したというのか。

 やはりあの時に予言が正しかったのではないか。

 そうやってぐるぐるとエリザベートの頭の中で疑念が渦巻いていく。

「えっと、その……エリザベート様とどうしても仲良くなりたくて、お茶会を開こうとしたのに……エリザベート様が体調を悪くされていたので。だからどうしたらいいのかを相談していたんです」

 そんな事のために、私の未来の夫に対してお茶会の手紙を届けるように頼んだのか? と、どなりつけたい気持ちをぐっとエリザベートはこらえる。


 今、ヴィルヘルムがそばに居るのだ。こんなところでエリザベートが無様な姿を見せれば、本当に首をはねなくてはいけない、と考え始めるかもしれない。

 目下の者に対しても、高貴に広い心をもって接しなければいけない。

それはこの国の貴族として当然のことである。それができないような、そんな役立たずの女は外交にも使えない。結婚したところで役に立たない。そう思って婚約解消どころか、彼女を殺すことだって考えてしまう。

 そうなれば、あの夢のように断頭台で首を刎ねられて殺されてしまう。

 恐怖がエリザベートの中を駆け巡った。そのために、ぐっとこらえながら、エリザベートは言った。

「そ、それでは、私のことを心配していたのね……ありがとう、そこまで心配してもらえたなんて」

 言葉が震えるのを感じていたが、エリザベートはなんとか我慢する。

「そうだね。アリスはエリザベートと年も近いんだ。確かにしばらくは庶民に育てられていたから、貴族のしきたりなどは分からないことも多いかもしれないけれど、きっと二人はいい友達になれると思うんだ」

「ヴィルヘルム殿下……」


 しかし、そんなエリザベートの我慢も虚しく、ヴィルヘルムはまったくわかってないことを言い出してくる。

 友達?冗談ではない。

 こんなよくわからない女を友と呼ぶようなそんなしつけを受けてない。エリザベートにとって友というのは、お互いに切磋琢磨して高めるようなものだ。そしてその友、と呼べるものたちのほとんどは、王宮での権力争いによって、もう二度と会う場所に去ってしまった。

 しかし、この女はただの庶民の女。いつかは外国に嫁がされる。そのための勉強のためこの王宮に来ただけの女である。そんな女を友と呼ぶなんて、そんなばかなことがあってたまるか

(そう言ってやれればいいのだけれど)

 せめてそっとドレスの裾を握りしめるが、それも気が付かれないように一瞬だけのこと。すぐにエリザベートは、唇の紅がよく映える顔に満面の笑顔を浮かべた。


「そ、それはうれしいですわ! わ、私、あまり庶民の暮らし、というものがわからなくて。この国を統治するものであれば、皆様の暮らしのこともきちんと知っておかなければなりませんものね!」

「そうだね、エリザベートもそう思ってくれるならうれしいよ」

 それに対して、ヴィルヘルム王子も満面の笑みで同意してきた。

 そうなれば逃げ場などあるはずがないのだ。

 エリザベートは自身の背中を流れる汗の不快感に、耐えるしかなかった。

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