第5話 ヤンデレ王子

「キミはアリス嬢だよね。どうかしたのかな。そんなに急ぐ用事でも?」

 穏やかな声で問いかける。両手を広げて、穏やかに笑いかける。その仕草は優しい。

 だが、アリスにとって、今は会いたくない人物であった。

「え、えっと……その……」


(これは、どうしたら?! っていうか、まだヴィルヘルム王子と出会ってさえいない時期に、こんなことしたらフラグ管理とか無茶苦茶にならない?!)

 ヴィルヘルム王子とは「お茶会」が最初に言葉を交わすイベントなのでそこで話をして仲良くなり、ついでにエリザベートにライバル認定される。そこまでがお茶会の流れなのだ。

 それまでアリスは、王子に会うこともない。

 それが今、出会ってしまい、さらに声をかけられている。


「こちらは王族しか入れない場所だけれど……その、君はまだ許可されていないはずだよね」

「は、はい……そう、ですね」

 アリスは一応王族としての顔合わせはしたが、真に王族として認められているわけではない。だから、最初は立ち位置も微妙で、王族としての扱いも受けられなかった。

 そういう設定なのだ。

「ですが……どうしても、エリザベート様にお話をしたくて」

「エリザベートと?」

 ヴィルヘルムはエリザベートの名前を聞くと目を丸くした。


「もしかして何か彼女とあったとか? そういえば、今日の式典では何か様子がおかしかった気もするけれど」

「はい。その……この後、エリザベート様とのお茶会が予定されていたのですが、それをいきなり断られてしまいまして」

(こうなったら仕方ない。もういっそ正直に話してみるのもいいかも!)

 ゲームで何度かヴィルヘルム王子ルートもクリアしている。この王子の性格は知っていた。

 だからこそ正直に話した方がいい、ということもわかっていた。

 そうしなくては、後々とんでもなく面倒なことになるのだ。


「もしかして、それで途方に暮れて直接エリザベートに話を聞きに行こうとしていた、とか?」

「はい。そのようなこと、本当は無礼だとはわかっているのですが、どうしてもエリザベート様と仲良くなりたくて」

 ヴィルヘルム王子の言葉にアリスがうなずくと、ヴィルヘルムは顎に手を当てて考える。きれいな金髪が額にかかり、その俯いた姿は絵画のように美しい。そして、その瞳が細められると、ヴィルヘルム王子推しではないはずのアリスでさえ、見とれてしまいそうになった。


「確かに。その方がエリザベートにとってもいいことだろうしね。最近、反抗的な貴族たちからいろいろと言われているようだし」

 だが、そのあとの言葉でアリスは急に現実に引き戻された。

(この人、ゲームと同じ性格しているんだな)

 顔もよくて爽やかで、こうしていきなり現れたアリスの話も遮ることなく聞いてくれる。だからもしかしたらゲームより、「マシ」な性格をしているかとも思ったのだが、そうではないようだ。やはりこの世界はゲームの世界だ。だから性格なんてそうそう変わるものではない。


「そうなんですね……私、エリザベート様のこともっと知りたいのです。せっかく年の近いお友達になれそうな方ですし」

 思ってもないことをアリスはすらすらと言ってのける。

「だったら、エリザベートのためにも、お茶会は開いた方がいいはずだね」

 ヴィルヘルムの爽やかな笑顔でごまかせないほど、アリスはすでに本性を知っている

(やっぱり厄介な性格してるなあ)

 このヴィルヘルム王子、という男は序盤から好感度も上がりやすく、シナリオも途中までは王道に近い。最初に攻略することも多い王子ではあるが、同時に、この「ノーブルブラット」というゲームを話題にした立役者でもあるのだ。

 何しろ、この王子は度を越したヤンデレ、である。

 ヤンデレ、という属性そのものは乙女ゲームにおいて、決して珍しい属性ではない。むしろ公約対象が全員ヤンデレ、というゲームがあるくらいには、一部の層には刺さる。そういう属性である。

だが、それもせいぜい主人公をどこまでも追いかける、とか、バッドエンドで心中する、とか、そこまでが基本で、それ以上になると突き抜けた変態になっていく、ということも多い。

 しかし、このヴィルヘルム王子は方向性が異なる。


(この人、攻略対象キャラでありながら、攻略不可能でもあるのよね)

 ヴィルヘルム王子は最初から最後まで主人公であるアリスのことを、「恋愛対象」としては見てないのである。

 彼が見ているのはたった一人。

幼い時から婚約者として決められていたエリザベートのことだけ。

 どれだけアリスが好感度を上げてもエリザベートの好感度を超えることはない。

(グッドエンドもわりと不穏だしね)

 グッドエンドの場合は、エリザベートを追放してそのままアリスが正式にヴィルヘルム王子の妃になることが約束される。ただし、ヴィルヘルム王子は「エリザベートがアリスに何かするといけないから」と一生彼女を監視し続けていることを宣言する。

 そこだけでもどこか不穏なものがある。


(しかも真エンドは最悪だし)

 そして、もう一つの相手の知られざる一面が見える、と触れ込みの「真エンド」では、ヴィルヘルムのとんでもない「ヤンデレ」見えてくるのだ。

(エリザベートがアリスに執着しすぎて自分のことを見ないからって、首を切り落とした挙句それを皿に盛り付けてこっちに見せつけてくるとか……)

 その真エンドこそが、この「ノーブル・ブラット」を有名にしたものなのだ。

(そのスチルはさすがに規制されてたけど……この世界だと規制とかないんだろうし)


 もうヤンデレ、というか狂気的すぎる。

 もう自分以外誰も見なくなったエリザベートに嬉しそうに笑いかけ、表向きは協力してくれたお礼に主人公と結婚する、と宣言する。ヤンデレというか、猟奇的に両足を突っ込んでいる。

 そんな男なので、基本的にアリスも関わりたくはない。

ただし、どうしても彼と関わってちゃんと好感度を高めないと、推しに会えないのも事実だ。

「ええ。ですので、その……よろしければ、殿下も協力いただけないでしょうか? エリザベート様とのお茶会を」


 アリスはかわいらしく小首をかしげてみる。

 そんなぶりっ子で靡かないとは知っているが、逆にこういうぶりっこをする愚かな女だと思えば、相手も利用しやすいと思ってくれるかもしれない。

 アリスがそういう算段をしていると、ヴィルヘルムは一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑顔を浮かべた。


「いいよ。だったら、まずは私から手紙を出そう。それならばエリザベートも、きっと無視できないからね」

 ぱっと輝くような、そんな笑顔。

(これって二週目だとエリザベートのためってわかるのに、一週目だと騙されるんだよなあ)

 あまたのアリスが騙されてきたであろうその笑顔に、彼女はひっそりとそんなことを思っていた。

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