第4話 アリスの思惑
異世界転生で生まれ変わるのなら、絶対乙女ゲームの世界だって決めていた。
それならゲームの画面越しではなく、推しと直接恋愛できるに違いない。
「ほんとごめんね。ほら、ここ。同姓同名で、しかも同じような背格好だとちょっと見分けつかなくて。ちゃんと転生特典とか出すし? 最近そういうのうるさいからね」
そうやって不慮の事故とやらで、殺す予定のないアラサーOLの自分を殺してしまって、慌てている神様に言ったのだ。
「生まれ変わるなら、このノーブル・ブラッドの世界線のアリス・フォン・ローベンシュタインにしてください! それくらいできますよね?!」
そう高らかに、アラサーの恥じらいないなどかなぐり捨てて。
(まあ、それが本当に通るとは思わなかったんだけどね)
つまらない式典が終わって待機室に腰かけながら、アリスはふう、と息を吐いた。
「アリス様、堂々としていらっしゃいましたね、ばあやは感激いたしました」
「うん、まああれくらいはね」
(中二でこのゲームにハマった時、コスプレしたくてお辞儀の仕方はめちゃくちゃ練習したし? それに数か月も練習させられたからなあ)
そうやって転生して、早数か月。
どうやら神様もさすがに赤ん坊からではなく、アリスが王宮に迎えられるところから、転生させてくれたらしい。
「十六年近くも庶民として暮らしていたアリス様が、そこからたった数ヶ月でノイシュタット王国の姫君になど不可能かと思いましたが、あなたさまにお仕えできてよかった」
「よかった。そういってくれて」
ばあやがさめざめと泣くのに、アリスはまた微笑んで見せる。
(とはいっても、ここまではかなり無理したよね。生の推しに会うためとはいえ、これはキツイわ)
神様のはからいでアリスはアリス・フォン・ローベンシュタインとして、王宮に迎えられる数か月前から、その新しい人生をスタートさせたわけなのではあるが、最初は大変な事の連続だった。そもそも、地球の日本で普通にOLをしていただけの女が、いきなり転生してその国の貴族の決まりを教えられてもできるはずがない。
(しかもこのアリスって、めちゃくちゃ遊んでたからなあ)
ゲームをしている時には、その辺りは階層で飛ばされていたのでわからなかった。この体の持ち主。庶民と暮らしてきたリストというのはかなり遊び回っていたらしい。
庶民とともに泥遊びをするのは普通だったし、男友達と狩りになんかも出かけていた。しかも、自分の生まれなど全く興味を持っていなかったせいで、行儀見習いはおろか一般常識っぽいものまでわりと欠けていることをアリスになってから知ったのだ。
(ここからなんとか姫君になったのは、家族を人質にとられて、っていうのはあるんだろうけれど)
アリスは血筋を隠して平穏に生きて欲しいと願ってくれていた家族を人質にとられている。
だから彼女は今までの悠々自適な暮らしを捨てて、王族としての生き方をすることになったのだ。
庶民のアリスは数ヶ月、血のにじむような努力をして、何とかノイシュタット王国にあがった。
そこから物語は始まる。
(しかも、ちゃんとノイシュタット王国の姫君になったとしても、外交の道具として、そのまま他国に送られる訳だし?)
そこでノイシュタット王国の王子様や他国の王子候補たち、さらには貴族の息子、と高貴な男たちとの恋愛を楽しむのが、「ノーブル・ブラッド」という乙女ゲームの主なストーリーなのである。
「あなた様は血筋で誰にも負けません! いっそ他国に送られてしまうくらいならば、この国の妃になることもできるのですから!」
ばあやが熱く語ってくる。
ばあやもそういえば上級メイドだったにもかかわらず、つまらないことで王族の機嫌を損ねてしまい、そのまま王宮を追放されたのだと言う。だから、仕えていたアリスが王宮に戻る時には、絶対に自分もついて行く!と言い張って譲らなかった。
「え、ええ、そうね」
(ばあやの期待を裏切るのは心苦しいんだけどなあ)
しかし、そんな期待を受けたにも関わらず、アリスは高貴な王子や貴族との恋愛などしたくなかった。
(ああ……ザファル……もう、あなたはこの国にいるのかしら……)
なぜなら、アリスの会いたがっている推しは、人ですらなかったのだから。
(ドラゴンが認知されていて、魔法も存在している。しかもノーブル・ブラットの登場人物そのまま。だったら、ザファルもいるはず……なんだけれど、やっぱり隠しキャラってちゃんとフラグ立てないと出ないとかだよね)
数ある乙女ゲームでよくある「隠しキャラ」。いわゆる最初に恋愛できる対象ではなく、何周もゲームをして、特殊フラグや演出を見ないと出せないキャラクター。
この「ノーブル・ブラッド」にもそんなキャラクターがいる。
それが太古のドラゴンで、人間形態になると褐色の美しい青年になる「ザファル」というキャラクターである。
このキャラクターは二週目から解放される、というわけではなく、頑張れば一週目でも恋人同士になって、ハッピーエンドを迎えることができる。隠しキャラクターとしては少し珍しいタイプである。
(ただし、ザファルと一週目から恋人関係になるの、フラグ管理がものすごくめんどくさいんだけれどね……っていうかできるのかな?)
しかし、その代わりに難易度が高く、一周目からそのハッピーエンドを見ることは、なかなかできるものではない。
(あのライバルで悪役令嬢で王子の婚約者のエリザベートと、攻略対象のヴィルヘルム王子の好感度を最高にして、さらに二人が結婚するのを見届けて、なおかつザファルとくっつくようにフラグ管理とか、どんな無理ゲーなんだか)
その条件として挙げられるのは、ライバルポジションのエリザベート・アーデンベルクとめちゃくちゃ仲良くなった挙句に、彼女の恋を応援してヴィルヘルム王子とくっつけなくてはいけない。
ただしエリザベートは最初からアリスのことが大嫌いで、その好感度を上げるのは並大抵のことではない。しかもヴィルヘルム王子は攻略対象なので、あまりに好感度を急激にあげると、問答無用でヴィルヘルム王子ルートに入ってしまうのだ。
(はあ、フラグ管理気を付けないといけないし……神様にあれだけ無理言ったから、多分これ二週目とか無理そうよね)
人生は一発勝負。何が起こるかわからない。
それはOL時代に聞いた誰かの格言だった気がする。
誰の格言だったか、すっかり忘れてしまったが。
神様もアリスにして、と言った時に「え、ええ……? できなくはないけど、そんな感じで本当にいいの? 人生って何が起こるかわからないからおもしろんじゃないの?」と困惑していた。
そのスタンスの神様にもう一回、記憶ありでの転生二週目を要求して、それに同意してくれる可能性は限りなく低い、気がする。
そういう反応はOL時代でも相手との商談の話し合いの際によく見てきた。
ああいう相手に二回も無茶は通せない。
「まあ、とりあえずお茶会に出ないとね」
まずは最初の好感度の上昇ポイント、王宮ついてからのエリザベートとのお茶会に出なくてはいけない。
そこで悪役令嬢のエリザベートとライバルになり、さらにヴィルヘルム王子との好感度をあげて恋愛フラグを立てる。
そうしないと、その後の展開が他のルートに入る可能性が高くなってしまう。隠しルートのためにも重要なイベントである。
アリスがぐ、っと拳を握ると、それにばあやが声を上げた。
「え、アリス様、聞いておられなかったのですか?」
「何が?」
「ですから、お茶会はエリザベート様が体調を崩されたので、中止にしたい、と」
「え、ええ?!」
そこでアリスは思わず動揺した。
「そんなのアリ?! っていうか、確かにちょっとなんか体調悪そうな感じの顔色をしていたけれど!!」
エリザベートがこちらを見たとき、何かとんでもないものを見たかのような顔をされた。
もしかして失敗があったのかと思ったが、そういうわけではなさそうだったので、たぶんこういうものだろうなと、かってに解釈していたのだ。
それが本当に体調不良とは。
「なんで初っ端からメインシナリオと違うことになるの?! なに、そんなフラグ管理甘かったとか?!」
そんなものはメインシナリオにはなかった。
ここから自動的に画面が転換して、お茶会にはいるはずだ。それがなくなるなんて。
「メイン、シナリオ……? ふ、フラグ……?」
ここをゲームの世界と知らないばあやが、何を言っているのだ、というように聞き返す。それに慌ててアリスは誤魔化した。
「い、いや……その、なんでもなくて。でも、ちゃんとあいさつしないとまずいよね?!」
「そうですね。もしかしたら、すでにエリザベート様から関わり合いになりたくない、という宣戦布告かもしれませんし」
「それはヤバいんだって!!」
アリスは思わず立ち上がる。
ザファルとの恋愛フラグ管理は序盤から始まっているのだ。特にまずは「お茶会」イベントをどうにかしないと話にならない。
「ちょっとこれ、どうにかならないか相談してくる!」
「お待ちください!! なぜそのようなことになるのですか?!」
ばあやの制止も聞かずにアリスは立ち上がると、部屋を出て駆け出した。
もともとが庶民出身だから身体能力はわりとある方だ。それはゲーム内でも言及されていたからか、すぐさま侍女たちを振り切って廊下を走る。
(こういう場合は、本当にエリザベートが体調不良かどうか確かに言った方がいいはず!!)
城内の地図はゲームをやりこんでいたからわかっている。角を曲がって西側の廊下を渡れば、王族たちしか入ることのできない場所がある。
そこの個室でエリザベートはいつもいるはずだ。まだイベントもなにも進んでいないのだから、まだそこにいるはず。
そう思ってヒールを鳴らしながら角を曲がろうとした時だった。
「おっと、大丈夫かい?」
「ヴィルヘルム王子!?」
薄い金色の美しい髪に、透明な湖面のような青い瞳。一目で「王子様」だとわかるようなその美しい顔をした男の人が、目の前に立っていた。
その姿にさすがのアリスも足を止めた。
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