第74話 不死身の復讐編

――新田の秘密要塞・接触

 夜明け前。

 地図上では存在しないはずの山中に、匂いだけが城を描いていた。

――冷えたコンクリート

――再利用された血液パック

――子どもの唾液を濾過した、甘ったるい人工ミント

――そして、死者が居座る場所特有の、時間の腐臭

「……ここね」

 変美は、一人で立っていた。

 武器はない。

 防具もない。

 あるのは、死んでも戻る身体と、逃げ場を許さない嗅覚だけ。

 要塞の外壁に触れた瞬間、皮膚がざわつく。

「新田……まだ“いる”」

 亡霊は、匂いを持つ。

 それを知っているのは、この世界で変美だけだった。

■ 第一層:裏切りの廊下

 侵入と同時に、銃声。

 ――ドン、ドン、ドン。

 胸、腹、喉。

 三発、正確。

 変美は倒れる。

 だが。

 数秒後、呼吸が戻る。

 弾丸が、体内から押し出され、床に転がる。

「……配置が甘いわ」

 立ち上がった彼女の背後で、兵士たちが悲鳴を上げた。

「な、なんだこいつ……!」 「撃ったはずだ!」

 変美は走らない。

 嗅ぐ。

 恐怖の汗が、個々の位置を暴露する。

 一人目――首を折る。

 二人目――銃を奪い、膝を撃つ。

 三人目――

「あなた、三年前に“見て見ぬふり”したわね」

 耳元で囁く。

 兵士の瞳に、覚えが浮かぶ。

「……あ、あの夜の――」

 答える前に、気絶。

「成敗は、後」

■ 中枢:慎

 要塞の中心部。

 白い部屋。

 培養槽とモニター。

 そこに、慎が立っていた。

 背は伸び、目は冷たく、

 かつての「息子の匂い」は、もう薄い。

「母さん……来たんだね」

「ええ」

 変美は一歩も近づかない。

「あなたの匂い、変わったわ」 「新田に、魂を貸した匂い」

 慎は、悲しそうに笑った。

「父さんは言ってた。

 君は“嗅ぎすぎた”って」

 その瞬間、床が開く。

 重力が反転する。

 変美の体が、下へ――いや、過去へ引きずられる。

■ 新田輝の亡霊

「久しぶりだな、変美」

 黄金のミント。

 あの座薬の匂い。

 亡霊の新田輝が、空間の歪みから現れる。

「不死身になったそうじゃないか」 「だがな……」

 亡霊の手が、変美の胸を貫く。

 心臓を、握り潰す。

 暗転。

■ 不死身の意味

 ……だが。

 戻る。

 今度は、速い。

 心臓が再構築される前に、変美の嗅覚が先に目覚める。

「……わかった」

 彼女は、低く言った。

「あなた、不死じゃない」 「“過去に留まってるだけ”」

 新田の亡霊の匂いは、常に同じ時刻で止まっている。

「午前2時14分」

 変美は、自分の胸を突き刺す。

 ドクン、と鼓動が爆発する。

「私は違う」 「私は――更新される」

 亡霊が、初めて後ずさる。

「なにを――」

「成敗よ」

 変美は、亡霊の中心へ踏み込む。

 嗅覚が、時間そのものを引き裂く。

■ 終焉

 新田輝の亡霊は、音もなく崩れた。

 匂いが消える。

 完全な、無。

 慎が、その場に崩れ落ちる。

「……母さん……」

 変美は、彼を抱きしめない。

 ただ、静かに言う。

「まだ、選べる」 「戻る匂いは……かすかに、残ってる」

 スマートフォンが震える。

「不死身の復讐

 新田輝(亡霊)

 討伐完了」

エピローグ

 要塞を出た変美は、夜風を嗅ぐ。

「……次は、世界の異臭?」

 遠くで、人工衛星が光る。

 彼女は微かに笑った。

「宇宙でも、悪は臭うもの」

 不死身の嗅覚探偵は、

 まだ終わらない。

――つづく。

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