第72話 山手線殺人事件

 深夜の山手貨物線。轟音を立てて通過する列車の風圧の中に、変美は**『急速に冷却される脂肪と、鉄錆の混ざった匂い』**を嗅ぎ取った。

​ 線路を見下ろす跨線橋の上、犯人が死体を突き落とす。死体はコンテナの屋根に音もなく着地し、そのまま闇の彼方へと運ばれていく。新宿という現場から物理的に、そして時間的に死体を切り離す、冷徹な運搬方法だ。

​ しかし、不死身の嗅覚を持つ変美は、その場に立ち尽くし、夜気を深く吸い込んだ。

「……無駄よ。死体は遠ざけられても、あなたがここに残した**『殺意の残臭』**は、私の鼻の粘膜に焼き付いているわ」

​ 変美は、死体が運び出された「起点」であるマンションの一室へと向かった。

 浴室では、ターゲットの男が湯船に浸かっている。犯人は、棚の上に置かれたヘアードライヤーを、細い糸を使って浴槽へと滑り落とした。

​「バチッ……!!」

​ 青白い閃光。被害者は叫ぶ間もなく感電死し、その瞬間、過負荷によって部屋のブレーカーが落ちた。沈黙。真っ暗な闇。

「……事故だ。誰にも暴けはしない」

 犯人が闇の中でほくそ笑む。しかし、背後から冷たい声が響いた。

​「……いいえ。電気は消えても、**『オゾンと、焦げた人間の皮脂の臭い』**が、犯行のすべてを語っているわよ」

​ 変美がスマートフォンのライトで照らし出したのは、壁に掛けられた古いアナログの電気時計だった。コンセントから直接給電されるその時計は、ショートによる停電の瞬間、正確にその針を止めていた。

 犯行時刻:午前2時14分

​「この時刻……ちょうど貨物列車が建物の裏を通過した瞬間ね。列車の轟音で、浴室の異変をかき消そうとした。……計算通りだったでしょうね」

​ 犯人が震える手でナイフを抜く。しかし、不死身となった変美は動じない。彼女の傷口からは血ではなく、**『清らかなミントの蒸気』**が立ち上がる。

​「……この電気時計の針と一緒に、あなたの時間もここで止まるのよ」

​ 変美はスマートフォンの「ドラクエウォーク」の画面をタップした。そこには、新しい「完全犯罪の魔物」討伐完了の文字が浮かんでいた。

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