第64話 侵入社員

 二人の兄を亡くし、父の罪の匂いを追う修羅と化した変美。だが、復讐の資金を稼ぐため、そして九州から日光へ北上するルートの拠点として、彼女は北関東の巨大自動車工場**「ギガ・モーターズ・栃木」**へ期間従業員として潜入した。

​  

 ■ 潜入:鉄と火花の監獄

​「……この工場の匂い、最悪ね。『摩耗した金属の粉塵』と、『不正を隠蔽するために塗り固められた新しいグリスの匂い』。……出荷前の検査ライン、ここでブレーキの数値を改ざんしているわ」

​ 変美はライン作業に従事しながら、工場の闇を嗅ぎ取っていた。しかし、過酷な12時間労働と、精神的ストレスが彼女の肉体を限界まで追い詰める。

​「……っ!? 右下腹部に、刺すような激痛……。この匂い、体内から漂う**『化膿した内臓の熱い腐敗臭』**……」

​ 変美は現場で倒れ込んだ。診断の結果は**「急性虫垂炎」**。

 非情なことに、工場側は「作業遅延の責任」を盾に、入院中の変美に即座に解雇を言い渡した。

 ■ 病室の再会:トラウマの祖母

​ 病室で独り、手術後の痛みに耐える変美のもとに、唯一の身寄りである祖母のシゲが見舞いにやってきた。

 しかし、この祖母は、若き日に夫(変美の祖父)を戦地で亡くしたトラウマから、極度の「戦争嫌い」と「臆病」がこびりついた性格になっていた。

​「……変美、大丈夫かい。お前まで死んでしまったら、私は……」

 祖母の体からは、**『古い箪笥の防虫剤』と、『底知れない不安が混じった、枯れ木の匂い』**がした。

 ■ 激突:戦争映画と理不尽なビンタ

​ その時、病室のテレビでは、偶然にも古い戦争映画のクライマックスシーンが流れていた。

 爆撃音と、兵士たちの怒号。

​「やめて……やめておくれ! あの音は、おじいさんを連れて行った死神の音だ!」

​ パニックに陥った祖母の目に、ベッドの上でスマホをいじっていた変美の姿が映った。変美は単に、 ドラクエウォークのイベント通知を確認していただけなのだが、祖母の錯乱した意識には、それが「軍の通信機」か何かに見えてしまった。

​ パァン!!

​ 乾いた音が病室に響く。祖母の手が、術後で動けない変美の頬を激しく打った。

​「この馬鹿娘! 戦争の真似事なんてして! お前も、あの人みたいに私を捨てて、血の匂いのする場所へ行くつもりかい!」

​「……っ……。おばあちゃん……。私、ただ、ゲームを……」

​ 変美の鼻が、祖母の掌から漂う**『恐怖で凍りついた古い涙の塩分』と、『孫を愛しながらも、過去の亡霊に支配された絶望の匂い』**を嗅ぎ取った。

 ■ エピローグ:解雇と孤独の出発

​ 祖母は看護師に連れられて去り、変美は赤く腫れた頬を押さえながら、静かに涙を流した。

​「……仕事も失い、家族からは理解されず……おまけに盲腸まで失ったわ。……でも、おかげでスッキリした。今の私の周りには、もう何も残っていない」

​ 変美は無理やり退院手続きを済ませ、病院の裏口へ出た。そこには、大型バイクに跨った唐桶刑事が待っていた。

​「……変美。頬のその跡……どうした」

「……なんでもないわ。**『過去に縛られた古い時代の匂い』**を、少し浴びただけ。……行きましょう、日光へ。お父さんが、すべての決着をつけてくれるはずよ」

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