第39話 大聖堂殺人事件解決

 大聖堂のベルフリー(鐘楼)に仕掛けられた爆弾は沈黙したが、そこから伸びる光ファイバーの束が、地下へと続く「電子の導火線」となって脈動していた。

​「……マサ、急いで。爆弾は止めたけど、この回線を通じてウィルスが街中のネットワークに流し込まれているわ」

 ■ 電子の疫病:二種のウィルス

​ 変美は、サーバーラックから漏れ出す微かな**「焦げたラテックス」と「劣化した磁気テープ」**の匂いを嗅ぎ分けた。

​「……匂う。これは二重構造の罠ね。一つは、オフィスの書類に寄生して増殖するマクロウィルス。そしてもう一つは、ブラウザを開いた瞬間に牙を剥く、狡猾なスクリプトウィルス。……デジタルとアナログ、両方の『粘膜』から侵入するつもりよ」

​「姐さん、NISCのファイアウォールはどうなってんだ!」

 亮が叫ぶが、唐桶からの通信はノイズにまみれていた。

​「……無駄よ。敵は**IPスプーフィング(なりすまし)**を使っている。信頼された内部端末のフリをして、ファイアウォールの門を堂々とくぐり抜けているわ。……しかも、通信にはGoogleが開発した超高速プロトコル、**SPDY(スピーディ)**を悪用している。この速さじゃ、人間の監視(パトロール)は追いつかない!」

 ■ 物理的な遮断:宇都宮地下・中継点

​ 一行は大聖堂の隠しリフトで、地下300メートルの「通信中継点」へと降下した。そこは、大谷石の岩盤に囲まれた、ハイテク機器の墓場だった。

​「……匂うわ。この冷え切った空気の中に、**『偽装されたパケット』**が放つ、特有の金属的な不協和音。……マサ、あの大型ハブの電源を物理的に落としなさい!」

​「でも、SPDYの高速通信を無理やり止めたら、データが逆流して爆発しませんか!?」

​「いいえ、ゴンゾウに『逆流防止(アンチ・スパム)』の役目をさせるわ!」

​ 変美はゴンゾウをメインポートに叩き込んだ。ゴンゾウのナノセンサーが、SPDYの多重化されたストリームの中から、IPスプーフィングによって偽装された「悪意の断片」を嗅ぎ出し、物理的な火花と共に焼き切っていく。

 ■ 決着:偽装の剥離

​「……見つけたわ。スプーフィングの元凶、このサーバーの裏に隠れているわね」

​ 変美が消火器を壁の隙間に噴射すると、そこから咳き込みながら一人の男が転げ落ちた。男は九条の弟子であり、師を殺して組織に魂を売ったハッカーだった。

​「……あなたの指先、**『スクリプトの組みすぎで磨り減ったキーボードのプラスチック』と、『偽りの自分を演じ続けるために飲んだ安酒』**の匂いがするわ。……IPアドレスは偽装できても、あなたの『臆病者の匂い』までは偽装できなかったわね」

​ 亮が男を取り押さえ、明が残されたスクリプトウィルスのソースコードを長槍の先で物理破壊した。

 ■ エピローグ:高速の静寂

​ 宇都宮の地下に、再び静寂が戻った。

 SPDYによって加速された悪意の波は、変美のアナログな嗅覚によってその足を止められた。

​「……所長、SPDYって、本当に速かったですね……」

「ええ。でもね、マサ。どんなに通信が速くなっても、真実を嗅ぎ分ける人間の本能には、コンマ一秒の遅れもないわ」

​ 大聖堂の地下から地上へ戻るリフトの中で、変美は宇都宮の古い土の匂いを愛おしそうに嗅いだ。

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