第38話 犠牲者の正体

 大聖堂の鐘の音が、いつもより不自然に低く、重く響いた。変美の鼻が、その振動と共に吐き出された「異物」を捉える。

​「……マサ、今の鐘の音を聞いた? 鐘の余韻に混じって、**『爆薬の窒素化合物』と、『加熱された青銅』**の嫌な匂いがするわ」

 ■ 被害者の正体:死せる暗号

​ 亮と明がファイニアルから降ろされた死体を確認した。顔面は冷気で凍りついているが、その首筋には特殊なバーコードのタトゥーが刻まれていた。

​「姐さん、こいつの正体がわかったぜ」

 亮が警察庁のデータベースと照合した端末を見せる。

「被害者は元NISCの主任技師。数年前に行方不明になっていた、暗号化の天才・九条だ。CSIRTも追いきれなかった『ワンタイムパスワードのアルゴリズム』を作ったのは、皮肉にもこいつ自身だったんだよ」

​ 九条は組織に監禁され、無理やりサイバー攻撃の片棒を担がされていた。だが、彼が最後にファイニアルに突き刺されたのは、単なる処刑ではない。彼の体内に埋め込まれた「物理鍵」を、大聖堂の尖塔をアンテナにして送信するためだったのだ。

 ■ ベルフリー(鐘楼)の罠

​「……匂うわ。この真上、**ベルフリー(鐘が吊るされた塔の部分)から漂う、強烈な『テルミット反応』**の予兆!」

​ 変美たちは、螺旋階段を駆け上がり、巨大な鐘が鎮座するベルフリーへ突入した。

 そこには、九条の死体から送信された信号を受信して作動する、大規模なサーマル爆弾が仕掛けられていた。

​「最悪だ……! 鐘を打つハンマーが爆弾の信管に連動している。次の『正午の鐘』が鳴った瞬間、大聖堂は粉々に吹き飛ぶわ!」

​ マサが青ざめる。

「あと5分もありませんよ! どうすればいいんですか!?」

 ■ 限界のピッキング

​「明、俺が信管を抑える! お前は外側からクロケットの彫刻を利用して、熱を逃がす排気口を作れ!」

 亮が叫び、テンションバーとレーキを爆弾の精密ロックに差し込んだ。

​「……匂う。信管の奥、わずかに漏れている**『ニトロの甘い死の匂い』**。……亮さん、右に3ミリ! そこが唯一の『安全な隙間』よ!」

 ​変美の嗅覚ナビゲートが、死のカウントダウンを刻む亮の指先にシンクロする。

 外では明が、渦巻き模様のクロケットを長槍で砕き、爆風を逃がすための計算された「穴」を穿っていた。

​「……止まれ……! 止まりやがれッ!」

 亮の額から汗が流れ落ち、床に落ちた瞬間に**「塩分の匂い」**が弾ける。

​ 正午を告げる歯車が噛み合い、鐘のハンマーが動き出したその刹那——。

 亮のピッキングが「カチリ」と音を立て、爆弾の回路が沈黙した。

​ 静寂。

 ただ、冷たい風がベルフリーを吹き抜ける音だけが残った。

​「……助かったのか?」

 マサが座り込む。

​「いいえ、まだよ」

 変美は、爆弾の基板から漂う**『新しいインクの匂い』**に顔をしかめた。

「この爆弾、メッセージが書かれているわ。……『宇都宮の地下に、本物の鐘が眠っている』。……九条を殺した奴らの本拠地は、大聖堂のさらに下、街の歴史そのものを飲み込んだ場所に隠されている!」

​ 一行は、九条の遺志を継ぐように、さらなる闇の深淵へと足を進めた。

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