第35話 パスワード
宇都宮城址の地下深く、冷気と電子音が混ざり合う密室。
NISCの背後で動いていたのは、警察庁の精鋭部隊**「サイバーフォースセンター」**だった。
「……変美さん、敵のガードは固い。昔ながらの乱数表を解読するような悠長な真似は通用しない。やつらは1分ごとに暗号が書き換わるワンタイムパスワードを、粒子ビームのパルスに乗せて送信しているわ」
変美は、サーバーラックから噴き出す熱風を深く吸い込んだ。
■ 嗅覚のワンタイムパスワード
「……マサ、ゴンゾウを私の前に。暗号が数字だと思っているうちは、あの扉は開かない」
変美の鼻は、サーバーの過負荷によって気化した**「基板のコーティング剤」**の匂いの変化を捉えていた。
「……匂う。このサーバー、アクセスごとに内部の冷却剤の温度を変えて、その『熱の匂い』自体をパスワードの生成アルゴリズムに組み込んでいるわ」
デジタルのワンタイムパスワードと、アナログな**「匂いのゆらぎ」**。その二つが同期した瞬間だけ、隠し扉が開く仕組みだ。
「ゴンゾウ、0.1秒ごとの熱変化をスキャンしなさい!」
ゴンゾウが赤く発光し、演算を開始する。
「……今よ、マサ! 壁の中の隠しボタン、一番左の**『焦げた匂いが強い部分』**を叩きなさい!」
ドゴォォォン!
物理的なブレーカーが落ちると同時に、デジタルな暗号が崩壊。サイバーフォースセンターの端末に、「アクセス許可」の文字が躍った。
■ 地下300メートルの包囲網
「……出たわね。この先に、日本中の銀行から金を吸い上げている『親玉』がいる」
亮と明は、地上でドローン部隊を退け、スカイラインを地下道の入り口まで乗り捨てて合流していた。
「姐さん、サイバーフォースの連中がバックアップに入った。この先のメインフレームを叩き壊せば、ワンタイムパスワードの地獄もこれでおしまいだ」
だが、通路の奥からは、かつて見た戦闘犬たちが、今度は全身に**光ファイバーを巻き付けられた「サイボーグ犬」**となって、赤い眼を光らせて突進してきた。
「……亮さん、明さん、お願い。私はこの『デジタルの悪臭』の源を断ち切るわ」
変美は、コカインの残留臭とオゾン臭が渦巻く奥の部屋へ、消火器を抱えて突っ込んだ。
そこには、巨大な液晶モニターの光に照らされた、かつての**「ブルートレインの車掌」の息子**が、狂気的なタイピングを続けていた。
「……パパが愛した鉄道は終わった。これからは、俺の作った『データのレール』が世界を運ぶんだ!」
「……残念だけど、そのレールはもう脱線しているわ」
変美が、消火器の粉末をメインサーバーの吸気口にぶちまける。
真っ白な粉塵が舞い、ハイテク機器がショートして火花を散らす。
ワンタイムパスワードの数字が液晶画面で狂ったように踊り、やがてすべてが静寂に包まれた。
■ エピローグ:アナログの夜明け
地上へ這い上がった一行を迎えたのは、サイバーフォースセンターの黒い特殊車両と、朝日を浴びた宇都宮の街並みだった。
「……ワンタイムパスワードね。どんなに技術が進化しても、最後に信じられるのは、自分の鼻と、仲間の汗の匂いだけだわ」
変美は、壊れたゴンゾウの耳を優しく直し、マサに微笑んだ。
「マサ。事務所に帰ったら、パソコンを全部切って、窓を全開にして。……本物の花の匂いを嗅ぎたいわ」
宇都宮の地下迷宮に眠っていた「デジタルの毒気」は、朝の冷たい風に流され、消えていった。
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