第36話 宇都宮地下要塞:ワンタイムパスワードを嗅ぎ取れ

 宇都宮の朝日は、デジタルな悪夢の続きを照らし出した。メインサーバーを叩き潰したはずの変美だったが、マサが青ざめた顔でスマホを差し出す。

​「所長、大変です! 事務所のSNSアカウントが全て乗っ取られています! それだけじゃない。フォロワー全員に、僕の名前で『至急、コンビニで電子マネーカードを3万円分買って、コードを写真で送ってほしい』ってDMがバラ撒かれてる!」

 ■ ネットワークの足跡:MACアドレスの偽装

​「……落ち着きなさい、マサ。サーバーは潰したけれど、残党がスマホのテザリングを使って分散攻撃に切り替えたのね」

​ 変美は、マサのスマホから漂う**「極微量のオゾン」と、事務所のWi-Fiルーターが発する「過熱したプラスチックの死に際」**の匂いを嗅ぎ分けた。

​「唐桶さん、サイバーフォースセンターに連絡を! 敵は物理的なMACアドレスを偽装して、追跡を逃れているわ。でも、パケットの裏側に隠された、彼らが使っている『安物の海外製ハブ』特有の**『ハンダのヤニの匂い』**までは消せていない」

■ ポートの迷宮:ウェルノウンとエフェメラル

​ 敵は、Web通信(80番)やメール(25番)といった、誰もが通るウェルノウンポートを隠れ蓑にしつつ、一瞬だけ開く**エフェメラルポート(一時的な待機ポート)**から、乗っ取ったSNSの操作コマンドを送り込んでいた。

​「亮さん、明さん! 敵はこの近くの野外フリーWi-Fiスポットに潜伏しているわ。エフェメラルポートが開く一瞬、通信機が発する**『一瞬の放電臭』**を私が捉える。その瞬間に、ライトでそこを射抜いて!」

​「了解だ、姐さん! デジタルの隙間からネズミを引き摺り出してやるぜ!」

 亮のスカイラインが、宇都宮駅東口の広場でタイヤを鳴らす。

​「……今よ! 左45度、あのキッチンカーの影!」

​ 変美が叫ぶと同時に、亮の高輝度ライトが炸裂。

 眩い光に晒されたのは、電子マネーを買い占めようと店へ向かおうとしていた、「漁師」の格好をした実行犯だった。

 ■ 終焉:コードの破棄

​「動くな! 栃木県警だ!」

 唐桶率いるサイバーフォースがキッチンカーを取り囲む。

​ 犯人が持っていたノートPCの画面には、今まさにマサのフォロワーから騙し取ろうとしていた数万件の電子マネーコードが並んでいた。

​「……残念だけど、その金で逃げるレールも、もう敷き直せないわよ」

​ 変美は犯人のPCのキーボードを指先でなぞった。

「……あなたの指先に残っている**『コンビニのレジ袋』と『安いエナジードリンク』**の匂い。あなたがどれだけ必死に他人の財産を吸い上げようとしていたか、この鼻がすべて物語っているわ」

​ ゴンゾウがPCに接続し、不正なコマンドを全て無効化。乗っ取られたアカウントは数秒で復旧した。

 ■ エピローグ:本物の「価値」

 ​事件が解決し、マサはフォロワーたちに「アカウント復旧。電子マネーは買わないで!」と一斉送信した。

​「所長、電子マネーとかMACアドレスとか、もう頭がパンパンですよ……」

「そうね。でも、目に見えない数字よりも、私たちがここで流した汗と、帰りに食べる餃子の香ばしさの方が、ずっと確かな価値だと思わない?」

 ​変美は亮からもらったタバコの煙をふっと吹き消し、宇都宮の冬の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

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